私の心情(112)―地方都市移住34-移住後の就職戦線(長崎)

昨年7月に地方都市移住で取材をさせていただいた長崎在住のAさんに、その後の生活を伺いました。東京から長崎に移住されたのは2020年2月ですから、既に約2年が経過しています。移住の背景や、東京のマンションから長崎のマンションに住み替えて大きなホーム・エクイティを用意できた話などは、私の心情88で詳しく紹介していますので、改めてお読みいただければ幸いです。

9戦1勝

今回は、移住後の就職活動に絞って取材をさせていただきました。そもそもAさんは長崎に移住しても仕事をするつもりだったのですが、移住してすぐにコロナ禍となり、特に最初のころは状況が不透明すぎて、求人が大幅に減っていました。もちろん、仕事がないと生活できないという状況ではありませんでしたから、焦って就職先を探すというわけではなかったようですが、それでも「できれば70歳くらいまでは仕事をするつもりだ」と思っていらっしゃいました。

昨年7月、少しコロナ禍での生活パターンが見え始めてきたことから求人活動も動き出していました。とはいえ実際にはなかなかうまくいかなかったとのことです。7月にコンタクトした3社を含めて、都合9社に書類を送って、そのうち5社は書類選考で落ち、4社と面接にまで至りましたが、結局年末まで就職先は決まらなかったようです。私が「就職先が決まりました」との連絡を受けたのは1月に入ってからでしたが、本当にうれしく思いました。

初出社は1月17日、月曜日からで、週2回、朝9時から夕方18時までの勤務とのことです。

ハイスペック過ぎる

昨年7月に面接を受けた会社は地元企業だったのですが、社長面接まで進んでも結局は「他の方が採用された」ようです。Aさんは「お給料も大切だが、それ以上に地元長崎の役に立ちたい」とその抱負を語られたとのことですが、社長からは「あなたに来ていただいたら、他のスタッフとのギャップが大きくて、あなたが浮いてしまうと思います」といわれたそうです。

野中郁次郎先生の「共感経営」を愛読しているAさんの仕事への思いは素晴らしいものです。でもその考え方が「東京の大企業におけるマネージメント、経営者の目線といった遠いもの」に映ったのかもしれません。Aさんのキャリアがハイスペックすぎるということなのでしょう。確かに、大手財閥系の会社に就職したAさんは、東京に10年弱住んで、90年代初めにニューヨークに転勤、その後も東京、インドネシア、東京、大阪、福島、東京と転勤を繰り返し、まさしく世界を相手にしてきたビジネスマンですから、地方の小さな企業からすると、「ちょっと遠慮したい」と思うのかもしれません。

東京の会社で採用

「長崎県は上場企業が1社もない状況です」とAさんは話します。上場会社だった地元の銀行は再編の波に呑み込まれて他県に本社を置く金融グループの一員になっていますし、多くの人が「長崎の美味しい名産を提供している」と考える企業も実は東京本社だったりしています。こうしたことは長崎だけのことではないのかもしれません。東京、大阪、名古屋の大企業でサラリーマン生活を続けてきた人にとって、地方に移住してその地元企業に就職する場合には、そうした企業のレベルの格差もハードルになるかもしれません。

Aさんの就職先は実は東京に本社のある会社だったのです。Aさん曰く、「東京の会社だから、自分の持つ仕事のスキルを評価してくれたのではないか」とのこと。週2日のパートタイムとはいえ、面接はオンラインで東京の担当者と行い、東京に本社のあるその会社の長崎での業務を担うことになったのです。

起業をサポート

長崎でのAさんの業務は、地元で起業をしたい人のサポートをする仕事です。通常は、セミナーの企画やHPでの情報発信、事務処理などで、それほど「勢い込むほどの仕事のスペックを求められてはいない」ようですが、それでも「起業を考えている人たちのアイデアを聞いて、それが儲かるようにするお手伝いができればうれしい」と張り切っていらっしゃいます。

100歳まで大丈夫

ところで、Aさんの退職後の資金計画をうかがっていると、かなり綿密に用意されていることがわかります。本人曰く「100歳までの収支は計算している」とのこと。ただ、そこに長崎での勤労収入はほとんど想定されていません。これも素晴らしいところです。

企業年金は66歳までの有期で受け取ることを想定するほか、63歳からは公的年金の特別給付が始まります。若い時から積み立ててきた生命保険会社の年金の受け取りもあり、「公的年金の受け取りも遅らせてもいいかも」とさえ考えていらっしゃいます。もちろんその他に、以前の取材で伺った1000万円以上のマンションの売買差額もあります。

インタビューを終えて

長崎に移住されたAさんの就職戦線を伺って、「東京本社企業の地方ビジネスは、移住した退職世代を上手に使って機能させられるかもしれない」と思いました。地元に貢献したい、でもそれほどあくせく働かなくてもいい。しかも、オンラインでのコミュニケーションは機能的にも、スキル的にも十分に可能な時代・年代です。

以前、内閣官房の「まち・ひと・しごと創生本部」で議論をした際に、東京から人材を地方自治体に派遣する「地方創生人材支援制度」の話を伺いましたし、金融庁の規制緩和で「銀行が地方の企業に人材を紹介すると、条件を満たせば1件につき上限100万円の補助金が支給される」制度も導入されています。

しかし、こうした企業と人材のマッチングは、東京など大都市に住む人材を地方に送り込むというスタイルになっているのかもしれません。地元に移住してからゆっくり仕事を探そうかと思っている60代を、もっと視野に入れてもいいのかもしれません。