私の心情(144)―資産活用アドバイス55-現場で何が起きているか―第4回デキュムレーション研究会

第4回目となるデキュムレーション研究会を7月27日にオンラインで開催しました。今回は、ライフプラン・アドバイスの現場で起きている取り崩しに関する実情と課題を、株式会社マネーライフプランニング代表取締役小屋洋一さんから報告していただきました。

2つの相談事例とそれに関連する議論

 ■相談事例1

70代夫婦、金融資産1600万円、不動産1800万円(姉との共同名義)で総資産は3400万円。80代前半までの勤労収入が年間96万円見込め、公的年金153万円もあり、年間の収支は70₋80万円の黒字を確保。現状で取り崩しの必要はない。共同名義の不動産は現金化が難しいため、それを除いて外国株式(51%)、外国債券(20%)、現預金(29%)のポートフォリオで運用を継続。85歳からの有料老人ホーム入居を想定(入居一時金521万円、年間入居費246万円、勤労収入源96万円)すると、年間170₋180万円の取り崩しが必要に。運用収益率3%であれば、100歳まで資産寿命は延命できる計算。

不動産の取り崩しアイデアは難易度が高い

この事例のなかでは相談当初のポートフォリオには不動産が入っていたが、アドバイスをしているポートフォリオでは金融資産だけに限定している点がポイントといえそうです。不動産の現金化はなかなか簡単ではなく、特に「この場合には名義が姉妹になっていることが将来、課題を残すことになりそう」とのことで、ライフプランもそれを除いたベースでアドバイスしている点が特徴になります。

この例はまだいい方ですが、「土地はあるけど、金融資産がない方」へのアドバイスは総じて難易度が高いという実感があるようです。

成年後見制度の不備

また有料老人ホームへの入居を想定した場合、資産が枯渇しないようにする点は大切なポイント。ただ、誰が入居者の代理を務めるかも課題になる。実際のアドバイスの現場では、シングル世帯の方も多く、その場合には近しい親族にお願いするようにしているとのこと。

ただ、有料老人ホームへの入居の段階で認知・判断能力の低下が伴う場合には、成年後見制度を活用することもありそう。その際には資産運用そのものができなくなる可能性がある点が課題だ。メンバーの一人が母親の成年後見人になった際に、すべての金融資産の現金化が求められた経緯を説明していただいた。その経験から、成年後見人を立てた段階で、資産運用を継続して不足資金を確保するライフプランは事実上不可能である点を指摘してくださいました。この点は、多くの参加者の同意があり、制度面で何か改善が必要なのではないかと考えられます。

■相談事例2

70代シングル女性。6年前の初期相談時は金融資産3600万円、不動産2500万円、資産は6100万円。子どもに継がせた家業からの年間収入360万円と年金60万円で収入は多いが、支出も多く、年間収支は130‐150万円の赤字。アドバイスを受け入れず、6年後の再面談時には総資産は金融資産4100万円のみに。「今しかできない好きなことをやらないで生活するのは耐えられないと考えており、支出の抑制はどうしてもできない」との信念から、運用は儲けを優先させるため86%を外国株に投資するポートフォリオを選択。

ライフプラン・アドバイスで最も難しいのがクライアントに支出をコントロールさせることだとの指摘がありました。相談事例2の場合には、最終的には「子どもが継いでいる家業があるので自分の生活資金は大丈夫だから、運用資産は儲かったら売って使いたいことに使う」という姿勢が強く、資産活用という冷静なアプローチができないことがすべての背景にあるようです。

バッファー資産から先に取り崩し

もともと今回の議論は3月に行った第2回のデキュムレーション研究会で紹介した「(グラフのように)預金などのバッファー資産を先に取り崩すことで、有価証券をなるべく長く運用する方法」を、小屋さんが現場で実践しているとの発言から始まりました。

具体的には、バッファー資産として考えている預金や個人年金などを退職後生活の当初5‐10年で取り崩すイメージです。上のグラフの緑色の三角部分がそのバッファー資産になりますが、小屋さんの場合には、そのバッファー資産が無くなった段階で、改めて資産の見直しを行ってバッファー資産を捻出し、再び緑色の三角部分を作り出す、これを繰り返すのが特徴です。

バッファー資産というのは、運用資産とは別に必要に応じて使う緩衝材(バッファー)的な資産を指しているのですが、今回の議論のように運用資産よりも先に生活費として使っていくのであれば、「生活ポケット」と呼んだ方がいいのではないか、運用資産は「運用ポケット」として2つを区別してはどうかという意見がありました。わかりやすく表現することは重要なポイントのため、検討すべきアイデアだと思います。ただ、バッファー資産と呼ばれるカテゴリーの資産は、上記のような生活費に充当するという考え方だけではなく、最後まで使わない資産という区分けで使うこともありますから、その場合には「生活ポケット」は適切ではない表現となります。上手な使い分けが必要かもしれません。

5‐10年のバッファー期間は妥当か

ところで実務的に「毎年の不足額の5₋10年を想定してバッファー資産として現預金にしておく」というアイデアは、統計的にはどれくらいの意味があるのでしょうか。「株式投資の月次収益率を使ったローリングアベレージでは、損失確率(=損が出た確率)は20年間保有すればかなり少ない、グローバル投資を前提にすると、15年でマイナスにはならなかった」とのデータの紹介がありました。ただ、過去のデータは比較的上振れしていることが多いので、期待リターンを使ったモンテカルロ・シミュレーションによる将来推計では、もう少し慎重に見ておく必要があるとも付言されました。

バッファー資産の利用想定年数は、その期間は運用資産に手を付けないという意味でもあります。先ほどの統計データからみると、「バッファー資産として用意する5₋10年分の生活費」は、資産運用の損失確率を限定的にするためには少し短い懸念があります。ただ、15年とか20年の生活費をバッファー資産として取り分けるとなると、ほとんど運用資産がなくなってしまうことになるため、実務上5₋10年とするのは合理的な感じがします。

取り崩しのシミュレーション

取り崩しを前提にした資産残存確率のモンテカルロ・シミュレーションを行った結果も、概要だけ説明していただいた。その結果はユニークなものでした。「リスク・リターンを高めると平均的には資産寿命は長くなる傾向が出るが、その場合、万一急落のようなテールリスクが発生すると一気に資産が減る懸念がある」ことがわかったとのこと。

この点に関して、次回の第5回の研究会で、イボットソン・アソシエーツ・ジャパンの小松原さんからプレゼンをいただくことにしました。合わせて日本の「持続可能な引き出し率」などデータ分析の結果などもシェアしていただけそうです。

定率引き出しは実務的に可能か

「収益率配列のリスク」はデキュムレーションの議論では常に指摘されるものです。長期間の収益率が想定通りになったとしても収益率の並び方が異なるだけで想定外に元本が棄損するというリスクですが、これを避けるために、「率」を使った引き出しが有効という議論もしてきました。実際にそうした「定率引き出し」のようなアイデアはアドバイスの現場で使われているのだろうか、との質問がありました。

現状、定率での引き出しを想定したアドバイスはほとんどされていないようです。もちろん投資信託のなかには定期的に率を使った分配金を計算して分配するものがあり、オンライン証券では定率引き出しサービスを提供しているところもあります。ただ、投資信託協会のアンケート調査結果では、定率引き出しをしている人の比率は1%台と、ほとんど使われていないのが実情です。

とは言え、実務的には年に1回バランスシートを見直して、その残高に対する一定率での引き出し額を決め、それを12か月に分けて生活費にするといったことはできるのではないでしょうか。また、バッファー資産の規模を決める際にもそうした残高の見直しは必ず行っているので、それをベースに金額を決めることは参考になるとの意見も出ました。

成年後見制度・家族信託について

ところで、成年後見制度の持つ課題は前述したとおりですが、それを家族信託で代用できる可能性があるのではないかとの指摘もありました。最近、家族信託は証券会社などでも扱うようになってきたものの、受け入れの条件は厳しいとか、不備な契約書を前提に行われていて将来訴訟の懸念も残るといった指摘もありました。この点は、デキュムレーションにおいて重要な側面を持つことなので、第6回以降で専門家を招聘して勉強会を開催してみたいと思います。