私の心情(145)―お金との向き合い方44-金融教育の国家戦略

金融庁金融研究センターが今年7月にリリースした「金融リテラシーと家計の消費行動:新型コロナウイルス感染拡大下の実証分析」と題するDiscussion Paperを読みました。このタイトルからすると統計分析的なレポートに映りますが、実は第2部(P30以降)があって、そのタイトルは「金融経済教育の現状と政策提言」となっています。

俯瞰的な金融教育の分析

今年は高校の家庭科の指導要領が改定され、従来から行われてきた金融教育の内容が拡充されたというエポックメイキングな年でもあって、多くの方々が「金融教育」、「金融経済教育」に関心を持たれているのではないかと思います。事実、2013年に「金融経済教育推進会議」が設置されてから、金融教育のすそ野は徐々に広がり、ここ数年、関連官庁、諸団体、金融機関が挙って金融教育の一翼を担っているのではないでしょうか。ただ、それだけにどこで、だれが、どんなことをやっているのか俯瞰的に知ることは難しいなとも感じていました。

日本における金融経済教育の現状

この第2部の第1章は、「日本における金融経済教育の現状」として各種の金融教育活動を9つの項目に分けて、これまでの実績をつぶさにレビューしています。9つの項目とは、次の諸点です。

  1. 最低限習得すべき金融リテラシーの内容の具体化及ぶ体系化
  2. 金融経済教育にかかる情報提供の体制の整備等
  3. 小学校・中学校・高等学校向け金融経済教育の充実
  4. 大学向け金融経済教育の充実
  5. 社会人向け金融経済教育の充実
  6. 国民の安定的な資産形成に向けた金融・投資リテラシーの普及
  7. 関係団体における教育の担い手の育成
  8. 効果測定の定期的な実施
  9. その他

正直なところ、一度読んでも頭に入ってきませんでした。ただそれだけにこれをまとめる作業の大変さが窺えます。金融教育に興味をお持ちの方々は是非、目を通してみて下さい。

国家戦略の必要性を提言

私が注目したのは第2部の第2章にまとめられた「日本における金融経済教育に関する政策提言」の方です。長らく金融教育を幅広く行ってきたものの、まだまだその実効性は高まっていないと感じる人は多いのではないでしょうか。レポートにも引用されていましたが、金融広報中央委員会が2019年に実施した「金融リテラシー調査」では、金融教育を受ける機会があったと答えた人は9%に留まっています。

そうした実情に鑑みて、このレポートでは3つの政策提言をまとめています。1つ目は「国家戦略の評価方法の具現化」、2つ目は「金融経済情報の提供方法の改善」、そして3つ目は「金融経済教育効果のより適切な測定」の3点です。どれも大変重要な提言だと思いましたが、なかでも「国家戦略の評価方法の具現化」が最も気になるところです。

数値目標が重要ではないか

英国の金融リテラシーの国家戦略は有名です。MaPS (Money & Pensions Service)が掲げた2020₋30年をターゲットにしたThe UK Strategy for Financial Wellbeingでは、5つのアジェンダで数値目標を掲げています。

  • 金融教育を受けている子ども・若者480万人を200万人増やす、
  • 定期的に貯蓄している成人を1470万人から200万人増やす、
  • 日々の生活のために借金をしている900万人を200万人減らす、
  • 負債に関するアドバイスの利用者数を170万人から200万人増やす、
  • 今後の生活の計画を立てる意味を理解している成人2360万人を500万人増やす、

の5つです。単に行動目標だけでなく、具体的な数値を掲げることが、進展を評価する大切な方法といえます。

つみけん報告書の5つのターゲット

日本でもこうした数値目標を掲げた議論が必要ではないでしょうか。若干手前味噌になりますが、私は2021年から投資信託協会の「すべての人に世界の成長を届ける研究会(通称つみけん)」のメンバーになっております。その「つみけん」で2021年に「2041年、資産形成をすべての人に ~5つのターゲットと15のアイデア」と題するレポートをリリースしました。この報告書では、20年後のありたい姿を数値で示すことを行いました。

  • 現役世代の年代別保有金融資産の中央値を2倍に(現状は20代201万円、30代400万円、40代531万円、50代800万円、60代1400万円、全体800万円)
  • つみたてNISA及びDC等による積立投資総件数を4000万件(現状は2290万件)に
  • つみたてNISA及びDCの残高を150兆円(現状5兆円)に
  • 株式や投資信託を保有している人の割合を100%(現状8%)に
  • 金融教育を受けたことのある人の割合を100%(現状0%)に

の5つです。ちなみに投資信託協会では、これらの数値をHP上に「つみけんサイト」を設け、「5つのTargets」で継続的にフォローして公開するようにしています。上記の現状の数値も、そこからみることができます。

また2022年の「つみけん」では、団塊ジュニア世代の抱える課題を分析し、提言を議論しました。そこで出てきた内容は、団塊ジュニア向けというだけではなく、もう少し普遍的な部分も多いため、5つのターゲットの達成に向けた「8つのアクション」としてまとめています。報告書のタイトルは「2041年、資産形成をすべての人に けん引役は段階ジュニア世代」です。こちらも一度読んでいただけると幸甚です。

出所)投資信託協会「すべての人に世界の成長を届ける研究会」、「2041年、資産形成をすべての人に けん引役は段階ジュニア世代」、2022年7月