私の心情(55)―資産活用アドバイス23-持続可能な引出率

「率」という「額」

皆さんは「持続可能な引出率」というのをご存知でしょうか?英語ではSustainable Withdrawal rate(SWR)といって、米国でも英国でも退職後の資産の引き出しに関してアドバイザーが考えるべき数値の一つとしてよく言及されます。この数値は退職時点の資産額に対する率として算出され、その後の引出額はこの金額にインフレ率を加味して設定されるものです。例えば4%の引出率であれば、2000万円を保有している人にとっては年間80万円が、3000万円をほゆうしている人にとっては年間130万円が引出額になるということです。ただ、退職がスタートする時点で「率」で決まったその金額は、その後はインフレ率の分だけ変動をしますが、原則はその額を一定として引出額となりますから、「率」とはいえ原則は定額で引き出していくものとなっている点がポイントです。

Bengenの「4%ルール」

米国でのSWRの先行的な研究として有名なのが、William P. Bengenが1994年にJournal of Financial Planningという学術誌に書いた「Determining withdrawal rates using historical data」と題する論文[i]です。このなかでBengenは、過去のデータを使って「株式50%、長期債50%のポートフォリオの場合、インフレ調整後の引出率が3%であれば1926年以降のどの30年間を取っても資産は持続した」と分析しています。さらにこれをもとに「今後35年間でも50-70%の株式比率であれば、インフレ調整後の引出率が4%であれば資産が枯渇しない」としています。この4%は、“Bengenの4%ルール“と呼ばれて、今でもよく使われています。

日本では4%の引出で3分の1が枯渇した

日本におけるSWRの研究はそれほど多くないようです。そのなかで、Wade D. Pfau(2010)による17か国のSWRの算出論文は、なかなか衝撃的でした。この論文では、日本、米国、英国、カナダなど17か国で、1900年から1979年に退職した際、その後の30年間のSWRを算出しています。特にこの論文では、最悪の年に退職した場合でも資産が枯渇しない引出率をSAFEMAX(Bengenの後の論文における定義)の値を算出しています。日本のSAFEMAXは0.47%と17か国の最低水準で、最高はカナダの4.42%。その他スウェーデン、デンマーク、米国の4か国だけが4%を上回っていました。すなわち、過去の実績データをもとに分析すると、この4か国は最悪の年に退職しても当初の資産の4%強を引出額として設定し、その後インフレ率を加味して引出額を増やしても30年間資産が枯渇することがなかったということです。日本はその数値がわずか0.47%。4か国の10分の1の金額しか引き出せないということです。

彼はさらに、①最悪の退職タイミングで4%を引き出す時の持続可能な年数、②4%引き出しの場合の枯渇してしまう確率も17か国で算出しています。SAFEMAXが4%以上である4か国は、①は当然30年となり、②は0%となりますが、日本は①が3年で、②が37.5%とのこと。すなわち、日本は最悪の年に退職した場合、4%で引き出すと資産は3年で枯渇してしまい、全体としても3分の1以上の確率で資産は枯渇することを示しています。

実際の引出率は2.5%くらいか

日本における高齢世帯の実際の引出率を推計した研究もあります。Yuji Horioka et al. (2017)[ii]では、総務省統計局「家計調査年報」を使って高齢者の金融正味資産の取り崩し率を計算しています。2015年の同率は2.50%で、その逆数で算出した取り崩しの「計画期間(年数)」は40年になるとして、「ライフ・サイクル仮説が想定している水準よりも低い」と分析しています。この考え方はその計画期間を想定するロジックを前提にすると、2.50%は毎年の残高に対する数値ではなく、当初資産残高に対する比率として想定しており、SWRと同様の考え方だと理解できます。

フィデリティでは3.9%に

フィデリティ退職・投資教育研究所でも、同様に「持続可能な引出率」を算出しています。1990年から2017年の金融資産市場のパフォーマンスを使ったモンテカルロ・シミュレーションから算出された日本の「持続可能な引出率」は、90%の確率で枯渇しないという前提を元に3.9%でした[iii]。Bengenの4%に近い数値ではありますが、達成確率が90%という水準で示されているところが、前述の2つの研究とは違っている、すなわち最悪シナリオを盛り込んでいない点が特徴といえます。

[i] William P. Bengen, “Determining withdrawal rates using historical data”, Journal of Financial Planning, Oct. 1994

[ii] チャールズ・ユウジ・ホリオカ、新見陽子、「日本の高齢世帯の貯蓄行動に関する実証分析」、内閣府経済社会総合研究所、「経済分析」、第196号、2017年

[iii] フィデリティ退職・投資教育研究所、「フィデリティ退職準備スコア~リタイアメント・プラン実現のために何をすればいいのか~」、2020年4月、P17、注3