私の心情(86)―地方都市移住31-仕事モードでみる地方都市移住(熱海)

「リア充」って言葉はもう古いのかもしれませんが、そんな言葉が浮かんでくるインタビューでした。今回は退職してからの移住ではなく、すでに現役時代から移住をしているUさんです。退職後の移住とは違った見方ができるのではないかと考えてインタビューをさせていただきましたが、「移住してくるのならその街を良くするつもりで来てほしい」とのメッセージは、確かにこれまでとは違った感覚のように感じます。

(熱海の豪雨・土砂災害で被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます)

熱海だと「移住」ではなく「転居」なのかも

44歳のころから新幹線通勤圏内を住む場所として考えるようになったUさんは、4年前の50歳の時にそれまで12年間住んでいた小石川のマンションを売却して、熱海に引っ越しました。

新幹線で、熱海から東京駅まで40-50分です。Door-to-Doorで1時間強くらいなら、都内からでもあり得る通勤時間ですから(私も10年ほどそんな通勤でした)、在来線か新幹線の違いだけかもしれません。その点で、新幹線通勤圏への「移住」は、遠距離を感じさせるものではなく、近場への「転居」とみてもいいでしょう。

しかも年間の3分の2は海外出張というUさんにとっては、住む場所を考える際の通勤という視点は、あまり強くないのかもしれません。

奇跡的な出会い

Uさんは、新幹線通勤圏ということで、軽井沢、大洗(こちらは奥様の仕事の関係でチェック)、小田原、三島などを移住先として調べたとのことですが、熱海は物件を新聞広告で見つけてほぼ即決だったとのことです。Uさんの場合、新聞の広告がきっかけで、熱海にはこの物件の内覧で初めて行ったとのこと。以前お話を伺った京都に移住された方もそうでしたが、住む家を見つけることはある意味で偶然だったり、奇跡的な出会いだったり、することが多いのかもしれません。ただ、街を見る前に広告で物件を決めたというのは、私にとっては初めてのケースです。

ちなみに熱海を移住先に選んで良かった点は、「好きな日本酒がたくさんあること」だそうです。確かにネット検索してみると「吟醸大国静岡」という表現がでてきます。静岡県酒造組合のホームページによると、「昭和61年の全国新酒鑑評会で静岡県から21蔵が出品して17蔵が入賞、10蔵が金賞を受賞した」ことで全国に名前が知れたようです。海の幸も豊富ですから、Uさん曰く、「熱海は酒と魚が旨い」というのは大きな魅力でしょう。

売却代金とローンで、地方の2拠点生活

悩んだのは小石川のマンションを売却するか、賃貸として収入を得るようにするかだったようです。しかし、売却査定価格が予想よりも高かったことで売ることに決めたそうです。ただ、その売却額は熱海のマンションの購入代金には使わず、奥様と折半(共同名義)で住宅ローンを組まれたとのこと。「特定のマイホームを買い替えたときの特例」を使った節税はもちろんながら、「低金利だし、手元で運用したい」というのが本音とのこと。

そこで、手元にあった小石川のマンションの売却代金は、資産運用に回していたとのことですが、今年になって熱海の西にある函南(かんなみ)町に別荘を購入。この代金に充当したとのこと。これで海と山に生活拠点を持つことができたわけです。Uさん曰く、「山と海の比重のバランスをとる」ことができて、これからの生活パターンを楽しんでいらっしゃいます。

「コロナ禍でバブル」ではいけない

一般的には、熱海のマンションの価格は「都心の5割の水準」と安いそうですが、最近はコロナ禍で移り住んでくる人やワーケーション先として活用する人も増えているようです。熱海のマンション物件価格は上昇しているようで、Uさん曰く「コロナ禍でバブル化している」とのこと。

しかし、インタビュー中、コロナ禍で人の流れが変わりつつあることを「ワーケーションで終わらせてはいけない」と何度も指摘されていました。私はUさんに、「『熱海の奇跡』(市来広一郎、2018年、東洋経済新報社)を読んだことがありますか?」と聞かれましたが、恥ずかしながら知りませんでした。検索してみると「Uターンしゼロから街の再生に取り組んだ方」とのこと。Uさん自身も「地場企業の国際化やInboundの企画にかかわりたい」と今後の抱負を語りつつ、「移住してくる人のなかには“自分”の目線でしか考えていない人もいる」と厳しい指摘をされました。そういう人に限って「義務を果たさず、権利だけ主張する。公共心が薄い」とも。

最後のコメントはまだまだ現役で仕事をされているからこそのものかもしれませんが、移住する人が街とどうかかわっていくかということは、現役であろうと退職後であろうと関係なく、大切な視点だと気づかされました。

インタビューを終えて

退職世代の地方都市移住は、確かに数字の上では高齢化率(65歳以上人口比率)を押し上げる懸念があります。ちなみに、人口3.5万人強の熱海市(2021年4月現在)の高齢化率は2015年の国勢調査では44.7%。その時の全国の高齢化率は26.6%ですから、熱海市の高齢化がいかに進んでいるかがわかります。だからこそ現役世代の方の目線では、退職後の地方都市移住は、「何もしない、ただ行政サービスを受けるだけの」“お荷物が来る”ように感じるのかもしれません。

しかし、退職金や相続資産を持っている60代が移り住んでくることは、地元の消費を拡大させるチカラを持っています。それが地元での雇用機会を生み、ひとが集まるという流れの起点にもなると私は考えています。若い人を呼び込む、仕事を誘致するという前に地元に消費を作り出さなければ、なかなか本流になりません。退職世代の誘致も意味があるのではないかと考えています。

地元紙によると、2020年度の熱海市の宿泊客数は149.1万人と人口の43倍に達しています。そもそも観光地として熱海には消費を作り出す力はあるわけですが、コロナ禍で前年と比べると50.3%減という事実も重く圧し掛かります。「観光業一本足では課題が多い」と分かったといえば冷たく聞こえるかもしれませんが、ここ数年観光立国を目指した日本の各地で起きている事象です。地元の消費も盛り上げていく必要がありそうです。