私の心情(96)―お金との向き合い方31-定年制廃止と資産形成支援

最近「定年」という言葉をよく聞きます。70歳定年の時代とか、最近では企業経営者からは「45歳定年制導入」の提言といった報道もありました。今回は、「定年」の議論を長く働くという視点ではなく、現役時代の資産形成の視点で眺めてみたいと思います。

「70歳定年」、「45歳定年」、それとも「40歳定年」?

2021年4月から企業の努力義務となったのが、従業員が70歳まで働けるようにする制度です。2013年の「高年齢者雇用安定法」では、企業には①定年制の廃止する、②65歳まで定年を延長する、③定年後65歳までの継続雇用をする、のいずれかを採用するように義務付けられています。その法律が改正されて4月からは、65歳以上の高齢者にも70歳まで仕事が続けられるよう配慮することが努力義務とされたのです。その動きから「70歳定年」といった言葉が使われるようになりました。

一方、日経新聞の報道によると2021年9月上旬の経済同友会夏季セミナーで、サントリーホールディングスの新浪社長が「45歳定年制」を提唱されたとのこと。個人が会社に頼らない仕組みが必要だということを、より若い年齢での「定年」制を敢えて設定することで示そうとしたもののようです。

学界では、東京大学の柳川教授が2013年に上梓した著書「日本成長戦略 40歳定年制」で、超高齢社会で「日本経済を再生・成長させるには、労働人口を減らさない政策として実現可能かつ効果的ものが40歳定年制」との認識とのことです。

「定年制」廃止は3%弱

定年の年齢をいろいろ挙げていますが、ポイントはいかに労働力人口を増やしていくかという点で同じ議論になっているようです。事実、日本の労働人口(15歳から64歳の人口)は、2015年7728万人から2065年には4529万人へと、今後50年間で3000万人以上減少すると推計されていますから、少しでも長く働くというニーズは高まっているでしょう。

ただ、課題は依然として定年制を残すことが前提の議論ではないかという点です。実際、厚労省令和2年「高年齢者の雇用状況」によると、定年制を廃止した企業数は4468社、2.7%に過ぎません。12.5万社強、76.4%が継続雇用の導入ですから、定年で一度退職し、処遇を変えて再度採用するというプロセスを経る方法を志向しています。定年制を残そうとする意向が強いわけです。

英国は年齢差別として「定年制」を廃止

2010年の平等法(Equality Act 2010)で、年齢による退職勧告の制度を年齢差別として撤廃した英国とはかなり違ったアプローチです。そこで、英国でこの法律が成立する前にどんな議論が行なわれたのかを英国労働年金局のレポート「Review of the Default Retirement Age; Summary of the stakeholder evidence」 からまとめてみたのが、表です。企業側、労働者側などいろいろな関連団体などがヒアリングに応じて、賛成、反対、そして中立的な意見が出され、まとめられています。定年制廃止のビジネス・社会への影響を考慮すると、メリットもあればデメリットもあるという意見は日本と全く同じながら、やはり定年制は「年齢差別だ」という視点は大きな意味を持っているように思います。

安心して退職できることが人事政策になる

ところで定年制廃止のマイナス部分としては、表の反対意見の一番上に記載している通り「定年制は業務の安定性、計画性に寄与し、雇用計画を立てやすい」という指摘があります。日本でも、定年制を廃止すると、「社員の平均年齢が上昇しかねない」との指摘はよく聞きます。厳しい言い方かもしれませんが、これは会社に“しがみつく”高齢社員の増加を懸念するということではないでしょうか。

ただ、英国への出張で、資産形成に関する議論をした折に、「従来の福利厚生施策が人事政策にと変わった」といった指摘を聞いたことがありました。定年制が廃止されて、高齢者が長く働くことはプラス面ばかりではないことは指摘の通りです。その点で本音ベースでは、企業にとっていかに高齢社員に引退してもらうかは重要な人事政策といえます。資産形成を促進することで、退職後の生活にある程度の安心感が得られれば、会社に“しがみつく”インセンティブが薄くなります。それによって企業の人員構成の悪化にも歯止めがかけられるというわけです。もちろんそうした施策が採用面でもプラスに働くこともあるでしょう。資産形成を促進し、従業員が退職後の生活に安心できるだけの資産を作り上げられることは、単に福利厚生政策だけではなく、人事政策としてこまで以上に企業にとって重要になってくるというわけです。

前述のとおり日本は今後、15‐64歳人口が3000万人以上も減少すると想定されているなかで、定年制の議論は進んでいくと思います。それにあわせて企業による従業員の資産形成のアプローチも強化・促進する必要が高まると思います。