私の心情(159)―資産活用アドバイス58-60代の満足度と資産水準-その1

2022年2月に実施した「60代6000人の声」のアンケート調査結果をできる限り、詳しく分析してみようと思い、半年かかってまとめた論文のポイントを2回にわたって紹介させていただきます。是非とも皆さんの忌憚のないご意見、ご批判を頂戴できればと思っています。

お金がなくても幸せな老後は過ごせる!?

分析の主眼は,「退職後の生活のために資産形成は必要だといわれるが、本当に、『資産水準が退職後生活の満足度を高めるのだろうか』、『どの程度影響するのだろうか』を統計分析で明らかにしてみたい」ということです。こんなこと当たり前のことと思われる方も多いかもしれませんが、私にとっては「老後2000万円問題」の時のマスコミの反応がなかなか頭から離れなく、しっかりと確認しておきたいと思っているところです。

2019年夏,自分も深くかかわった金融審議会市場WGの報告書「高齢社会の資産形成・管理」が「老後2000万円問題」の報告書として騒がれ,「退職後の生活の満足度はお金だけではない」との指摘も多く受けました。実際、資産運用などしていなくても幸せな生活を送っている人は多くいます。なのに、われわれは安易に「現役時代から老後の生活資金を作り上げることは当然」であるかのように伝えています。中途半端な納得感のもとで伝えるがゆえに、「将来の不安を煽って金融商品を売りつけようとしている」と指摘されたり、「所得が長期間にわたって伸びないなか、それが退職後の生活のためとはいえ、現在の支出減を伴う資産形成に力が入らない」との反論にも簡単に屈してしまったりするところです。

資産形成は退職後の生活の満足度を高めるか

そこで分析のポイントは、資産形成が単に退職後の生活のために行うものではなく、「資産形成が退職後の生活の満足度を高める」という点に視点を置いて分析しました。分析のポイントと結果は次回にまとめますが、今回は基礎的な分析を2つの図表で説明します。

金融資産の分布状況

まずは回答者の世帯保有資産の分布をみてみます。60代6458人の世帯保有資産の平均値は2695.8万円でした。これは、家計調査の保有資産のデータ2537万円(2021年,2人以上世帯)とかなり近似した水準だったのですが、「60代6000人の声」アンケートでは、保有する土地の評価額も含む世帯保有資産を聞いていますので、貯蓄現在高だけをみた家計調査のデータとは整合しない可能性があります。

土地を含むデータとしては,2019年全国家計構造調査の世帯主の年齢階級別家計資産総額がありますが、60歳代の数値は4035.1万円で、こちらは大きく乖離しています。インターネット調査の場合、土地の評価額を含めて資産額を聞いても、実際には土地の評価額を認知せず回答に含まない可能性もありますから、個人的には家計調査のデータに近いのではないかと思っています。

さて、その分布ですが、1001-5000万円に3分の1が集まっていて、資産0円を含む500万円以下も3分の1を占める形となりました。会社員(元会社員を含む)と自営業者(元自営業者を含む)でも平均値に差異が少ないことも、60代という回答者属性の特徴として挙げられると思います。一方、居住する都市ごとの平均では、都市の規模が大きくなるほど保有する資産の平均値が高くなる特徴があります。分布状況からみると、5000万円以上の資産を保有する層が、大都市ほど多くなっていることがわかり、3大都市での平均値は一部の資産の大きい層の存在が押し上げているのではないでしょうか。

満足度は「生活全般=健康+人間関係+仕事・やりがい+資産水準」で想定

60代の生活の満足度は、Rath and Harterの「Well Being The Five Essential Element」(2010)という本で指摘されている、「Well Beingは、5つの構成要素でできている」という考え方を参考にしています。アンケート調査で使った「生活全般の満足度」をWell Beingとして、日々の生活に対する満足度であるCareer Wellbeingと生活そのものに対する関わり度合いであるSocial Wellbeingを退職前後の世帯という60代の特徴を考慮して「仕事・やりがいの満足度」と位置づけました。効率的にお金に関わり生活面を管理できているFinancial Wellbeingを「資産水準の満足度」、 健康と気力に関わるPhysical Wellbeingを「健康水準の満足度」、そして生活する地域に関するエンゲージメントとしてのCommunity Wellbeingを「人間関係の満足度」として代替しています。

それぞれの満足度の平均値を計算してレーダーチャートに示したのが、図表1です。生活全般の満足度は「どちらでもない」=3点を上回り、どちらかといえば満足している側でした。健康状態の満足度、仕事・やりがいの満足度、人間関係の満足度も同様に3点を上回る水準となったのですが、資産水準の満足度だけが3点を下回って、「どちらかといえば満足できない」側でした。これらを総合すると、「資産水準には満足できていないが、生活全般としては満足している」となりますから、老後2000万円問題のなかで指摘された「退職後の生活はお金があれば満足できるというわけではない」といった指摘にも通ずる結果といえるでしょう。