私の心情(164)―お金との向き合い方56-NISA改正で思うこと:ISAで「金持ちになること」を容認する英国

英ISAの億万長者

2022年後半、英国では「ISA億万長者」に関するニュースが流れました。英国税当局に対する情報開示請求でもたらされた情報ですが、その額の大きさに彼我の差を痛感します。

9月2日付けのIFA MagazineのオンラインNewsletterによると、InvestingReviews.co.ukが情報開示請求をもとに公表した数字では、「ISA口座の資産が100万ポンドを超えた投資家は1480人」とのこと。1480人の億万長者の1人当たりISA資産額は151.3万ポンド(1ポンド=167円で2億5267万円)、総額で22.39億ポンド(同3739億円)になります。さらに400万ポンド以上の投資家が40人で、その平均資産額は792.1万ポンド(同13億2281万円)。

英国の株式型ISAの総資産額は、2021年4月5日現在で3987.4億ポンド(同66.6兆円)ですから、億万長者の総額はそのわずか0.6%弱の規模ですが、1個人として2億円以上の総額はかなり羨ましく思えます。

 1人当たりの資産額は年7%増

なお、相場のボラティリティが大きかったことから、億万長者の総人数は前年の2000人から1480人へと4分の3に大きく減ったとのことですが、1人当たりの資産額はこの1年で7%ほど増加しています。

具体的な数字を報道から拾い出して表にしてみました。

NISA、大幅改正でISAに近づく

一方、日本では税制改正大綱が発表され、NISAの改正が盛り込まれました。まだ詳細な点では不明なところが多いのですが、大綱で明確に記載されているのは、NISAのつみたて型、一般型ともに制度そのものは恒久化され(期限が記載されていない)、非課税投資期間は無期限化(期限が記載されていない)されるという大きな進展となります。実施時期は2024年1月から。

また年間非課税投資枠はつみたて型で120万円(特定累積投資勘定基準額(購入代価))、一般型で240万円(特定非課税管理勘定基準額(取得対価))に、それぞれ3倍と2倍に引き上げられます。しかも両者の併用が可能になるため、最大360万円まで投資が可能になります。この結果、英国ISAの年間上限2万ポンド(同334万円)を上回る水準となります。

これで、2014年にスタートしたNISAは、10年を経て、当初に参考とした英国のモデルに一気に近づいたと評価できるのではないでしょうか。創設当初からかかわってきた私としては、今回の改正は本当に大きな一歩だと思います。

非課税投資総額も大幅アップだが、

それでも積み残しになった課題はないだろうかと考えてみました。4つほど改善点があるように思います。

1つ目の課題は、今回の制度で新たに登場した生涯非課税投資枠の考え方です(大綱では、特定非課税管理勘定基準額(取得対価)と特定累積投資勘定基準額(購入代価)の累計合計額)。

これまでの制度では年間非課税上限枠は一般型が120万円で、つみたて型が40万円、それぞれ非課税期間が5年と20年なので、その期間に毎年満額の投資を続けると、投資元本は最大600万円と800万円になる計算です。これまでは併用が出来なかったので、どちらかだけになることから、現状は家計調査の30代平均貯蓄額774万円とほぼ同じ金額に留まっていたわけです。

新制度では2つの型を併用でき、生涯非課税投資枠は引き上げられて合計で1800万円となりました。ただし、特定非課税管理勘定基準額には別に1200万円という上限がありますから、従来の一般型に相当する分には1200万円の上限ができます。一方で、つみたて型には別に上限はありませんので、最大1800万円までつみたて型として投資をすることができます。そのため現行との比較でみるとかなり大幅な拡充といえます。

英国とは比較にならない低さ

ただ、この1800万円は十分な規模でしょうか。つみたて型NISAを使って年間120万円(月10万円)の上限額で投資をすると15年でいっぱいになります。「月10万円の投資をする人はそんなにいない」との反論もあるでしょうが、それなら年間非課税枠を120万円にする必要はありません。その可能性があるから(例えば50代とか)設定したのであれば、15年、20年でいっぱいになる生涯上限枠は足かせになりかねません。

そもそも英国のISAにはこうした上限はなく、年間上限2万ポンド(334万円)×無期限非課税期間=青天井の形です。これが前述のとおり、ISA Millionairesを多く生む背景でもあります。また生涯非課税投資枠の考え方は、英国におけるDC(確定拠出年金)やSIPPs(自己投資型個人年金)等の年金制度に導入されているもので、筆者も何度かNISAの改善案として提案してきたものでした(参考:脱老後難民 「英国流」資産形成アイデアに学ぶ、野尻哲史、日本経済新聞出版社、2017. P58)。

ただ、その時の議論は非課税期間を恒久化することが最大の課題だったことから、「非課税期間を恒久化しても投資総額に上限を設定すれば、“金持ち優遇批判を解消する”代替案となる」として紹介したものです。

ちなみに、英国の企業年金における上限額は現在1,073,100ポンドですから、円換算すると1億8000万円弱です。これは相当高い上限で、普通のビジネスパーソンからすれば、上限がないに等しいといえます。

金持ち優遇は不要だが、「金持ちになろうとする人を優遇」するのは必要

制度が恒久化され、非課税期間が無期限となった段階では、生涯非課税投資枠が「金持ち優遇」批判を回避する手段だと考えるのは、ちょっと違和感があります。本来は年間の投資上限こそが「金持ち優遇」とならない手段です。生涯非課税投資枠に「金持ち優遇の排除」という理由を重ねると、これから「金持ちになっていこうとする」人までも排除しかねないと懸念します。その視点でみると、1800万円は低い上限に映ります。

NISA残高の増加に視点を移す時期に

2つ目の課題は、制度の課題ではなく、資産所得倍増プランで主張された「投資額の倍増」という目標値、56兆円です。NISAの導入以来8年半の累積投資総額は28兆円(2022年6月末)で、これを5年で倍増して56兆円にするというのは確かに意欲的です。ただ、これは購入額の目標です。

実はNISAの投資残高は11.8兆円(2021年12月末)に留まっています。累積の投資額と投資残高の差の大きさに驚きますが、そのギャップを埋めるためにも目標は残高でなければならないと思います。ちなみに、最近ではNISA口座から年間3兆円規模での売却が進んでいます。売却するのが悪いわけではありませんが、非課税期間が無期限化されれば、より長期投資が重要な意味を持つはずです。政策のゴールは購入額=販売額ではなく、有価証券投資残高を伸ばして個人金融資産の増加につなげるという視点で考えるべきではないでしょうか。

現行制度からのスムーズな移管

3つ目は、残高を減らさないためにも、現行制度から新制度への資産の移管ができる配慮が必要だと考える点です。別制度として立ち上げるために、旧制度は2024年以降の新規投資は不可能だが、それまでの投資残高は現行制度の期間内で非課税投資を継続できることになります。しかし一般NISAは2023年末に5年の非課税期間が来る枠があります。その残高は一度売却させて、新制度で新たに購入させるという仕組みになると、すべての資産が有価証券投資に戻るかどうかわかりません。また、これまで投資の成果で残高が年間非課税投資枠360万円を上回っている場合、新制度導入に伴って移管できず、こぼれ落ちる資金も出てきかねません。

これは金持ち優遇ではなく、金持ちになろうとする人の足かせにならないようにするという視点です。

スイッチングの導入を真剣に検討する時期に

4つ目は保有する資金額が大きくなると必要になるのがスイッチング機能です。報道では、「生涯枠は買い付け残高で管理する。途中で売却して枠に余裕ができれば、その分はまた投資できる」と報じられています。この意味が今一つ不明確ですが、保有する投資信託を売却し、スイッチングのために別な投資信託を購入する場合、購入がその年の年間非課税投資枠を使うことになれば、スイッチングの大きな制約になりかねません。

スイッチングを認めることで、ポートフォリオのリバランスがしやすくなります。退職後の生活のために作り上げてきた資産も、それが近づけばリスクを考慮してポートフォリオを組み替える必要が出てきます。もちろんそれだけではなく、より低コストの投資信託が登場すればそれに切り替えるといったことも念頭に置く必要があります。2014年にNISAをスタートさせた私の場合には、信託報酬が高めの投資信託を保有していますが、これまでの制度ではそれを低コストの商品に切り替えることができませんでした。

つみたてNISAが主流になれば、新制度でも販売手数料はかかりません。そうなれば回転売買の懸念はなくなりますから、スイッチングを認めることに大きな弊害はないはずです。ただ、積立投資を続けるフェーズにある若い人にとってはスイッチングの機能はそれほど喫緊の課題ではないのかもしれません。

残った課題を整理してみると、表面的な制度上の問題というよりは、制度の根底にある考え方を見つめ直すことになるのではないかと思い始めました。若い人たちに資産運用を通じてお金持ちになってもらうことを肯定する社会を目指す姿勢が必要ではないでしょうか。金融経済教育の前提にもつながる課題なのかもしれません。