私の心情(206)―お金との向き合い方67-資産運用業の高度化を考える前提

腹落ちできていない資産運用「立国」

資産運用立国に関する議論が盛り上がっていますが、私には今ひとつ「立国」と言う言葉が腹落ちしていません。業界の識者に伺って「立国とは産業化」の意味だと気づかされました。ルクセンブルクやアイルランドが資産運用の拠点になって、世界の資産運用業が集約し雇用と税収を高めているという先行例です。それは、資産運用立国の議論のなかでも言われている「ウインブルドン化」と通じて、英国の金融ビッグバン後のウインブルドン化も視野に入れて「日本もウインブルドン化しても雇用と税収が増えれば良いのではないか」との見方です。

確かに重要な視点だと思う一方で、ルクセンブルクやアイルランドとの決定的な違いは、国内に資源(金融資産)が多くあることではないでしょうか。「海外の投資家のために海外のエキスパートを日本に集める」と言う「場所貸し」ビジネスを、日本の場合の主要ゴールにする必要はないように思います。

国内資源(個人金融資産)を如何に有効に活用するか

もちろんそれを否定するわけではありませんが、第一義的には国内の金融資産をより有効に活用する、すなわち国内の投資家、国民の効用が高まることが重要になるはずです。そのためにも資産運用業変革の議論は、日本の個人投資家に如何に受け入れられるかが出発点にあるべきだと考えます。

その視点で、私なりのポイントをまとめてみます。この内容は、委員を務める金融審議会資産運用タスクフォースでも発言させていただいたものです。YouTubeで傍聴された方は既にご承知かもしれませんが、ポイントを明記しておきます。

個人投資家の長期投資に資する制度の改正

個人投資家にとっての効用を視点に考える際には、その変革が長期投資に資するか、分散投資に資するかの2つが重要だと考えます。

個人が長期投資を志向すればするほど、金融ビジネスにとっては安定度が増すはずです。特に資産運用業は投資家に保有されている残高が多ければ多いほど、収益にプラスとなりますから、個人が長期投資を志向してくれることはビジネスの根幹になるものでしょう。

長期投資を阻む制度上のハードル

ただ日本にはこの長期投資を阻むハードルが意外に多くあります。まずは制度面です。確定拠出年金は退職期に一時払いで受け取る人が大半でその際には現金化が前提となっています。もし有価証券のまま一般口座に移管できれば、加入者は退職した後も投資を継続できます。また認知・判断能力の低下時、相続時にも同様に現金化を促す仕組みが色濃く残っています。

資産活用の考え方の普及も必要

そうした制度上のハードルだけでなく、個人投資家の思考のなかに退職後も資産運用を継続する視点が欠けていることも課題です。これはフィンウェル研究所が常に訴求していることですので、ここではこれ以上言及しません。ただ、こうした資産活用の考え方をカバーする、退職後のお金との向き合い方を教える金融教育も国ベースで行う必要があるはずです。英国のPension Wiseのような仕組みといえます。

個人の長期投資では信託報酬に注目が集まる

個人投資家が長期投資を行うようになれば、これまで以上に信託報酬の整合性に目が向くことになります。より安い信託報酬を指向することは避けられませんが、向かうべき姿は信託報酬に含まれる中身をサービスごとに紐付ける「手数料の明確化」に早めに着手することです。それによって下げられるものとそうでないものが、明示できるようになると考えます。

資産運用業のコスト削減の正当化

その上で、資産運用業や販売現場のコスト引き下げの議論が正当化されることになると思います。運用を専らに行うアセットマネジメントと、投信を組成し運用するファンドマネジメントが分離できるようにし、規模の経済が効く分野では、そうしたアウトソースを使うことでコストダウンが図れます。既存の運用会社にとっては現行の過重コストを軽減でき、新たに参入を目指す資産運用スタートアップには起業の負荷が大きく低減するはずです。

具体的な点として最近挙げられているのが、基準価額の一者計算ですが、それに限らずシステムベンダー間の競争環境の改善によるシステムコストの低減、コンプライアンス業務などの外注化・標準化による効率化と信頼性の向上、といったメリットも期待できます。

繰り返しますが、資産運用業のコストダウンが先にありきではなく、個人投資家のコストダウンに貢献することがあって初めて個人投資家に訴求できると思います。

個人投資家の分散投資に寄与

2つ目のメリットとして考える視点は分散投資への寄与でしょう。金融審議会の資産運用タスクフォースや、内閣府の新しい資本主義実現会議の資産運用立国分科会では、オルタナティブ投資やスタートアップへの投資などが議論されています。リスクリターン・プロファイルを向上させる新しい資産クラスを資産運用のパーツとして検討することに問題はないのですが、金融庁の資料にあるような「広く個人に対して」広げる必要があるかは疑問のあるところです。

新NISAでは、デリバティブを使った投資信託が対象外になるといった対応がなされている一方で、オルタナやスタートアップへの投資は「広く個人に対して」広げられるとなれば、矛盾や誤解が生じかねません。投資家の視点から考えれば、企業年金や投資信託といったヴィークルを使って、一定水準までの条件を付けるなど形で十分なリスク管理を行うべきではないかと考えます。そのうえで、その恩恵を個人に広げるという点にとどめるべきではないかと思います。

目利き機能を社会インフラとして整える

個人投資家の分散投資を促進するという視点からみると、新しい資産クラスを含めた新しい投資信託が登場しても、個人投資家にはその良し悪しの判断が付きにくく、またそもそもそうした投資信託を個人が見つけることが難しいという懸念があります。それは情報格差として、販売側の優位性を助長しかねないとも思います。

そこでインベストメント・チェーンごとに、活用できる外部専門家を育成することが必要になるのではないでしょうか。例えば、投資信託を定量面だけでなく定性面でも評価するファンドアナリストの育成・活用、金融機関・企業が投資信託を採用する際の外部テューディリジェンス機関の育成・活用、そして投資家の側に立った中立的なアドバイザーの育成・拡充も求められるところです。

改めて、資産運用業界が個人投資家の資産形成に資することを第一義に置いた、業界の効率化・高度化が議論されるべきだと思います。