私の心情(211)―お金との向き合い方71-AUMフィーという視点

「貯蓄から投資へ」に対する誤解

「貯蓄から投資へ」という言葉がよく聞かれるようになりましたが、依然としてこのキャッチフレーズで、“個人金融資産のうち半数以上を占める現金・預金の1000兆円のなかから有価証券市場に流れ込んでくる”という誤解を持ち続けている金融関係者も多いように感じます。

その大半を高齢者が保有していることを考えると、その資金が有価証券に流れ出すことはそれほど簡単なことではありません。それどころか、高齢者の資産のリスク性比率を高めるようなことが正しい施策とも思えません。

その誤解は期待の裏返し

本来、このキャッチフレーズの趣旨は、現役世代が蓄財する方法を“収入から銀行預金に流すのではなく、有価証券に振り向けるようにする”ことにあるべきです。「貯蓄から資産形成へ」だったはずです。政策自体は、新NISA導入を最たるものとして、資産形成へのシフトが進んでいるように思いますから、いくら「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズを使っても、実態が「貯蓄から資産形成へ」であれば問題はないでしょう。

ただ、気になるのは、依然として1000兆円からの流入を期待しているコメントが聞かれることです。金融関係者のマインドセットには、どこか「高齢層の資金の流動化」を期待しているからかもしれません。若年層の資産形成は確かに重要だとは言え、資産の大きさからすれば高齢層の動きに期待するでしょう。まして、手数料などの引き下げ、無料化が進んでいるなかですから。

「手数料ビジネスからフィー・ビジネスへ」の誤解

その手数料に関しても、同様に誤解が残っているように感じます。「手数料ビジネスからフィー・ビジネスへ」というキャッチフレーズも金融業界でよく使われています。これは、「売買のたびに受け取る手数料は回転売買を助長して顧客本位ではない。これに対して、残高に対してフィーを受取るフィー・ビジネスはそれを忌避できる」という考え方です。

一見正しいように思えるのですが、フィー・ビジネスが顧客本位(ここでは限定的に顧客との間の利益相反があるかどうかの視点に限って使います)であるためには、「残高に対してフィーを取る」ことだけでは十分ではないように考えます。

代行報酬にも手数料バイアスは残る

残高フィーとして、投資信託の販売会社が想定するのは代行報酬になるでしょう。しかし、この代行報酬は、個別商品で異なるフィー水準ですから、ここにはフィー水準の高いものを優先的に顧客に提供するといった指向が働きやすくなります。これが手数料バイアスです。まあ、手数料ではないので「代行報酬バイアス」というべきでしょうか。ここには明らかに利益相反の可能性が残ってしまいます。

AUMフィー・ビジネスという考え方

先日、あるセミナーで米国のRIA(Registered Investment Advisor)の方が話す自身のビジネス・モデルを聞くチャンスがありました。そのなかでFee-based businessと口頭では説明しているところを、資料では、AUM fee-based businessと記載してありました。これを見て、「この方が本来の趣旨を伝えやすい」と感じました。AUMとはAsset Under Management、預かり資産という意味です。実はもう少し明確にするためにはAUA、Asset Under Advice、アドバイス資産という言葉にしてもいいかもしれません。AUMフィー・ビジネスです

「商品ごとに異なるフィーが設定されていると高いものを売る手数料(代行報酬)バイアスが残る。それを避けるために残高全体(AUM)に対してフィーを受取る、フィーベースのビジネスに変えていくべきだ」とするのが、本来目指そうとした顧客本位のビジネスモデルではないでしょうか。

業者からの報酬を一切受け取らない方法には限界も

現状の制度設計のなかで、どうすればそれができるのでしょうか。個人的な夢物語的な部分があることは否めませんが、2つのアイデアをご紹介して、そのなかから読んでいただく皆さま自身のアイデアや発想に繋がれば嬉しい限りです。

最も簡単な方法は、代行報酬をゼロにすることです。「代行報酬を外出しにして、その分を投資家から直接受け取るようにする」といったアイデアです。これは、英国で2013年に実施されたRDR(金融当局の報告書Retail Distribution Reviewの頭文字をとったもの)に類似した施策です。

RDRでは、運用会社・保険会社からの販売チャネル(IFAなども含む)へのキックバック手数料を廃止しまし、代わって投資家からアドバイス・フィーを受取る方式に変更しました。ただ、その後にアドバイス・ギャップ(投資額の少ない人は有料アドバイスを受けられないという課題)が強まり、その解消に苦戦しています。

どうすればそれができるのか① : 代行報酬の一律化

日本では、代行報酬をゼロにすると、ビジネスそのものが立ち行かなくなる企業も出てきかねません。あまり現実的ではないように感じます。ビジネスが立ち行かなくなるのでは、そもそも投資額が少ない若年層に対して「貯蓄から資産形成へ」を進める国策と逆行しかねません。

その代わり、代行報酬をすべての投資信託で一律にする方法があります。代行報酬の高いものを売るというバイアスは一律であれば発生しません。手数料(代行報酬)バイアスを回避しつつも、ビジネスの原資も残ります。見方を変えれば、この代行報酬の部分は、投資額の少ない人にも投資を勧めるためのアドバイスやビジネスのコストだと考えるのです。アドバイス・ギャップの解消のためのコストです。

投資信託の種類受益権で緩やかな移行も可能に

ところで、代行報酬をゼロにするか、一律にするかは別にして、こうした制度の移行期において、ある時に一気に変更することが可能でしょうか。例えば、アドバイスを受けることの対価としてアドバイス・フィーを支払う投資家には代行報酬をゼロ、または引き下げて、アドバイスを求めない投資家には従来通りの代行報酬にするといった2段階のアプローチが可能になれば、移行を徐々に進ませることができます。

これはRDR直後に行われた英国の移行のアイデアに近いものです。英国では、2013年から3年程度の移行期間に、同じ投資信託にキックバック手数料がゼロのクリーン・シェア・クラスと従来手数料のシェア・クラスの2つが設定されました。移行期間中に投資家に周知しながら徐々に従来クラスからクリーン・シェア・クラスにシフトさせていきました。

日本では、そうしたシェア・クラスが無くてできないというのがこれまでの指摘だったのですが、現在、議論が行われている金融審議会資産運用タスクフォースでは、投資信託協会からの要望を元に「投資信託における種類受益権」が議論されました。まだまだ解決されなければならない点が多いようですが、将来的には信託報酬の異なる種類受益権の設定も可能になるかもしれません。

どうすればそれができるのか② : 代行報酬をAUMフィーに内包する

そうしたビジネスモデルに変えるためには、業界全体の足並みをそろえる作業がありますから、実現するにはまだ時間がかかることが想定されます。

その間に、アドバイスの現場で取り得る方法はありそうです。例えば、金融仲介業でアドバイスを提供している企業がAUMフィー・ビジネス・モデルを採用する方法です。このアドバイス提供企業は、顧客の預かり資産から受け取るフィー水準を設定し、その中には投資家・顧客が直接当該企業に払うフィーと運用会社経由(または証券会社経由)で支払われる代行報酬(またはその一部)を合算する方法です。もし、ポートフォリオの変更に伴って、代行報酬の高い投資信託を利用することになっても、その分直接支払うフィーの水準を下げることでトータルの支払い水準は一定に保たれるとい仕組みになります。

この方法であれば、制度が変わらなくてももう少し現場での対応でより顧客本位のビジネスモデルに近づけることができるのではないでしょうか。