私の心情(287)―認知症下の資産運用継続には選択肢の俯瞰が重要
私は「使いながら運用する時代」から「使うだけの時代」へのシフトするタイミングを80歳としてお話していますが、「なぜ80歳で資産運用をやめなければならないのか」とよく聞かれます。その年齢辺りで認知・判断能力が低下するのを懸念して、資産運用をあきらめざるを得なくなるとみているからです。
しかしその壁をなんとか乗り越える方法はないのか。デキュムレーション研究会での議論と個別取材で意外に多様な選択肢があることがわかりましたが、その利用には選択肢を俯瞰する必要性を強く感じました。今回のブログでは、私なりに選択肢を羅列することで、皆さんに全体像をご理解いただく一助にしたいと思います。個別のサービスの深掘りは私の新刊でもカバーしましたが、やはりそれぞれの専門家に聞いていただくことをお勧めします。
自分ごとになりにくい認知症
80代前半で、認知症患者はその2割、軽度認知障害(MCI)患者も2割といわれます。かなり高い罹患率なのですが、ただ逆に6割が罹患していないわけで、人は主観的な確率を信じようとする「主観確率バイアス」から「自分は認知症にかからない」とどこかで思い込んでいる懸念があります。それが準備を遅らせているのではないでしょうか。
犯罪、経済的虐待の回避が重要
認知・判断能力の低下で、詐欺などの犯罪に巻き込まれる危険性が高まり、親族が勝手に資産を流用する経済的虐待の可能性も出てきます。
金融取引においては、認知症発症後に成年後見制度が使われることがあります。金融機関は原則、その利用を求め、後見人が決まるまでその顧客の金融取引を凍結します。その間、家族は本人のためであっても資金を引き出せません。後見人が決まると、資産はその多くを成年後見信託という金銭信託にして、後見人や家族は、決められたルールのもと資産を保有者本人のために使うことになります。これで犯罪、経済的虐待などを回避することができます。
成年後見制度を利用すると運用資産は現金化
ただ成年後見制度には主に次の2つの課題があります。まず、成年後見制度利用者数は25万人と、軽度を含む認知症患者総数1035万人に対して僅か5%程度にすぎません。成年後見人になる人が少ない点が背景にあるといわれていますが、まだまだ十分に活用できる状況に至っていないのです。
もう一つの課題は、成年後見人は、財産の保全という視点から成年後見信託にその資産を移すために運用資産を現金化する点です。その時点で本人が望んでいても、資産運用は継続できなくなります。ただ最近は「本人の意思を尊重する」という考えのもと、資産運用の継続を可能にする取り組みもあります。地域連携という形で民間団体やNPO医療福祉団体、金融機関までが一緒になってチームとして後見を行う動きが出始めています。
金銭信託の有用性と課題
成年後見制度を利用する前に、自ら金銭信託を利用して「使うだけの時代」に移行することも可能です。認知症になっても資金凍結にならないように事前に備える方法の代表格である金銭信託は、本人(委託者)が金銭を信託銀行(受託者)に信託し、健常時は本人の要請によって払い出しつつ、認知症の発症などの際にはあらかじめ代理契約を結んだ家族などが代理権を行使して、本人のための支払いができるようにした金融商品です。
払い出すためには請求書や領収書で支出をチェックすることから、経済的虐待を回避できる点は重要なポイントです。ただ資産はすべて金銭で信託することが前提ですので、まだ元気なうちに保有する有価証券を現金化することになります。これが自分でできるのかと自問すると簡単ではなさそうです。
このハードルを下げる金融サービスも登場しています。同じ金融機関を使う必要がありますが、その金融機関であれば認知症発症まで運用を続け、代理権を発動する事態になって自動的に金銭信託に資産を移管するサービスです。代理権発動時に現金化するマーケット・タイミングの問題は内包していますが、使いやすい制度になっていると思います。
家族信託の可能性と課題
信託銀行が「業」として行っている金銭信託とは違って、民事信託の一種として行われているのが、通称家族信託と呼ばれている金融商品です。本人を「委託者」とし、家族を「受託者」とする信託契約で、自由度が高いことが特徴です。これによって、本人の認知・判断能力が低下しても、家族がその資産を管理し、運用を継続できる点がメリットといえます。
ただこの制度は建付けの自由度が高いことから、課題も多いと指摘されています。多様な契約形態は複雑な作り込みを必要とするものになり、司法書士や弁護士など多岐にわたる関係者が関与することから、コストが高くなりがちです。アルゴリズムを使ってこの契約書作成プロセスのコストを削減して、総コストを大幅に低下させる事業者も登場しています。それでも自由度の高い制度設計は、メリットとともに過剰なサービスによる高価格化や低価格ながら不十分なサービスが提供されかねないといった懸念もあります。
有価証券口座における認知症対応サービス
認知・判断能力が低下しても、資産運用を続けながら取り崩しが可能になるサービスもあります。予約型代理人サービスと呼ばれ、本人と代理人の間で事前に合意 (専用の複写式豪磯を金融機関に提出) が必要ですが、医師の診断書 (認知症専門医でなくても作成可能な様式) の提出までは本人が通常通りの取引を行い、その時になれば代理人が本人の代わりに引き出し・解約・売却を行います。
なお、証券会社で有価証券を引き出し・解約・売却しても、その資金は銀行の本人名義の口座に出金されるため、銀行口座からも引き出せるように手配する必要があります。このサービスで先行する金融機関は、銀行、信託、証券のグループでサービスを提供している点がポイントです。
予約型代理人サービスでは、例外として認知症発症前の積立投資契約は継続できますが、原則として買付はできません。そのため相場急落時の買い増しやリバランスなどができない点が課題です。
家族サポート証券口座ではリバランスも可能に
口座資金の範囲内であれば買いも可能にした制度が、日本証券業協会から発表された「家族サポート証券口座」です。認知・判断能力の低下・喪失に備え、家族を代理人として、資産管理・運用を続けられるサービスとして設計し、会員の証券会社が採用できるようにしています(まだ採用した証券会社はありません)。
委任契約公正証書を必要としますが、代理権が発効した後は代理人による資産の売却、解約だけでなく、本人の証券口座にある資産の範囲で乗り換えや売買も行える点が特徴です。これによって、退職世代のニーズである資産の取り崩し(=売却)だけでなく、資産のリバランスも可能になります。さらに次世代につなぐ金融商品への乗り換えニーズといった要望にも応えることができます。
資産運用継続に最も可能性が高い財産管理委任契約
認知・判断能力が低下しても運用資産を現金化しないで済む方策として、財産管理委任契約が有力だという指摘もあります。本人が元気なうちに設定でき、委任範囲も報酬も自由に設定できことが大きな魅力です。口座は本人の名義のままで監督係を委任するわけで、その監督係をいわゆる金融アドバイザーにすることも可能になります。もちろん契約は本人が認知症になっても有効ですが、財産管理以外の課題も大きくなって本人の生活全般をみる必要から成年後見制度を利用することになると、この契約は成年後見制度に移行することになります。
注意すべき5つの留意点
最後に、こうした個別の対策のなかから自分自身が採用するものを選択する際に留意すべき点を私見とともにまとめてみました。
留意点1:経済的虐待の回避ができること
これは最低限の条件ですが、詐欺被害を回避できること、さらに親族などの代理人が私の資産を自分のために使ってしまう経済的虐待を回避できることの担保があることです。
留意点2:「使うだけの時代」にスムーズにシフトできるか
実務的には、「使いながら運用する時代」から「使うだけの時代」へとステージが変わるタイミングを見極めることが重要です。高齢者の運転免許返上が難しいのと同様に、自分で適切な時期を選択するのは簡単ではありません。自動的にシフトできるシステムを事前に導入しておくことが大切になります。
留意点3:顧客本位の業務運営の徹底
自分が現状よりも弱者になることを前提に、金融機関が顧客本位でしっかりと運営されているかを確認することが重要になります。サービスの建付けだけでなく、対象商品などにもある程度の制限がある方が懸念が少ないと考えます。
留意点4:代理人の金融リテラシーと受託者責任、認知・判断能力
代理人となる家族が、運用継続のノウハウを持たなければ意味がありません。特に、資産の取り崩しは単純な積立投資のロジックだけでは不十分です。家族の金融リテラシーの向上、代理人としての受託者責任、そして代理人が60代といった高齢期であればその認知・判断能力そのものも課題になりかねません。
留意点5:おひとり様対策の必要性
ここに挙げた選択肢の多くは、家族が代理人になることを想定していますが、最近は単独世帯の比率は非常に速いペースで上昇しており、おひとり様に対する資産運用の継続の場合には、選択肢が狭まってしまう懸念があります。少し長期の目線でこれらの選択肢を検討する必要もあります。