私の心情(296)―取り崩しインタビューMさん:株のトレーディングから年金へ、そのタイミングの難しさ

西新宿でインタビュー

フィンウェル研究所の西新宿のオフィスにインタビューのためお越しいただいたMさんは、なんと「平安時代から名字を得ていたという由緒ある家柄の方」とのことでした。確かにどこか物怖じしない感じを漂わせていて、「ストックボイスで見ている野尻さんに会いに来ました」とおっしゃるその雰囲気に、最初はちょっと戸惑いながらも、楽しい退職後のお金との向き合い方に関するお話を伺うことができました。

60歳であっさりと自分の会社を後進に譲る

Mさんは、60歳で退職されて、今年62歳です。現役時代は、証券会社のIT部門でサラリーマン生活を送っていましたが、30代に一念発起して自分でITエンジニアリングの会社を立ち上げます。2002年のことです。

その後、リーマンショックの荒波が来ます。「本当に仕事がどんどん減って、7-8カ月無くなってしまいました」。金融系IT業務の下請けという特徴もあり、本当にリーマンショックの影響は大きかったようです。それでも2年を経て事業は立ち直ります。その後のコロナ禍はどうだったか伺ったところ、「逆にコロナ禍では仕事は増えていた」そうで、まずまず順調に業績を伸ばしてきたといっていいようです。現在従業員は7名ほど。

その会社も60歳で退職し、後進に会社を譲っています。私としては、かなり思い切った決断だったと思いますが、すっぱりと切り替えるのもMさんの性格なのかもしれません。ちなみに現在もその会社の筆頭株主で、保有株式の評価額は1000万円程度ですが、いずれ後進に買い取ってもらうつもりとのこと。

住宅ローンは完済、退職金も厚めに

1998年一戸建てを購入されています。購入価格は4500万円で、親からの援助金と住宅ローン3000万円で賄いました。ITビジネスのエンジニアの仕事柄、高い収入を得られていましたから、その住宅ローンも10年ほどで完済することができています。

自分の会社を作ってその会社を退職するというのは初めて聞くケースでしたが、退職金は2500万円と多めに受け取っています。実は高めの給与とはいえ、それでも抑え気味だったとのこと。その「給与を抑えてきた分を退職金で多めに受け取る」といった対策は、退職所得控除の大きさをうまく使った節税方法といえます。この辺りは自身の会社であったというメリットだと思います。

ボランティアと株のトレーディング

現在はその会社とは全く違う食品企業の顧問をされていますが、月に2回程度、その会社の本社に足を運ぶだけの仕事とのこと。生活の中心はボランティア活動と株のトレーディングです。ボランティア活動は、外国人に日本語を教える、いわゆる国際交流のようなもので、週2回、1日2時間程度を費やしています。最近は中国、フィリピン、インドネシア、ベトナムからの学生が多いとのことでした。そのほかに、マラソンや自転車ロードレースなどのスポーツイベントのボランティアにも参加しています。

株のトレーディングは60歳になってから始めたといいます。もちろん証券会社の勤務経験もありましたから、現役時代から株式投資は行っていましたが、これは通常の長期投資だったとのこと。株のトレーディングは、信用取引ですが規模を小さくして、「まあ、認知症予防かなと言う程度です」とおっしゃっています。

手を付けない資産は1000万円

そこでまず資産の現状を伺ってみました。現役時代から作り上げてきた資産は1500万円程度になっています。そのうち800万円が預金で、700万円が株式です。これに退職金が2500万円弱あり、退職時点で合計4000万円弱の金融資産になっていました。

現在、その資産の内訳は、預金が1200万円。「これは残しておきたい資産」として手を付けない計画です。有価証券は2500万円程度。その内訳は、株式が1000万円に増え、株のトレーディング用に証拠金1000万円を証券会社の口座に置いています。また500万円を米国株の投資信託に投資しています。なお、長期に持ち続ける株式は配当利回りを重視していて、ここから上がる配当が先の旅行費用に充てられています。金融資産は総額で3700万円と、2年前とそれほど変わっていません。

退職後の収入も十分な額に

株のトレーディングでの収益は、「変動が大きいのですが、平均すれば月30-50万円ぐらいになるかな」とのことで、小さなトレードを毎日、コツコツと行っています。

奥様は56歳で、現在はスーパーで働いていらっしゃいますので、その収入が月に14-15万円あります。さらに同居されている息子さんも働いていらっしゃって、食事代を月に2万円出してくれているとのこと。これに30年間、毎月8000円くらい積み立ててきた個人年金の受け取りが60歳から始まっていて、70歳までの10年間、年間40万円程度になります。ちなみにこの個人年金は払い込み総額が250万円程度だったとのことですから、かなり収益性が高い時代の商品だといえます。

年間の収入は、確実な収入が200万円ちょっと、それに変動しますがトレーディングの収益を合わせると年間500-800万円くらいにはなりそうです。

海外旅行費は資産を取り崩して

生活費の詳細は把握されていませんでしたが、「この収入でそれほど大きな赤字にはなっていない」とのこと。ただ、好きな旅行の費用は、これらのなかではカバーできないので、資産を取り崩しています。奥様も旅行は好きで、ご夫婦で年に2‐3回は国内旅行を楽しみ、年に1度は海外旅行を楽しんでいらっしゃいます。国内旅行では、運転好きなので、自身で運転して出かけます。

また特にファンのチームがあるわけではないようですが、スポーツ観戦が好きで、プロ野球、サッカーJリーグ、バスケットボールBリーグなど、いろんなスポーツの、いろんなチームの試合を観戦しています。

年金を繰り下げるべきか

今のところ年金は65歳から受け取る予定にしていて、その金額は月額15万円ぐらいと見積もっています。ただ、受給繰り下げも考えないわけではないようです。「株のトレーディングがうまくいっていれば、70歳ぐらいまで繰り下げてもいいかと思っている」とのことで、年金受給開始までの生活資金を株のトレーディングで捻出しようというわけです。もちろんそれで無理をするつもりはないとも考えていますが。

家は妻に残すが、資産は使い切る

自宅は売却するつもりはないとのこと。「土地の価格はあまり売ることを考えていなかったのではっきりとしません」とのことですが、強いて伺うと、「3500万円ぐらいだろうか」と。ただ、これは奥様に残す資産と明確にされており、改めて「自分は売るつもりはない」と断言しています。

その一方で、「金融資産は全部使い切ってしまおう」と考えています。家があれば奥様はなんとか生活できるし、「子どもたちもきっと助けてくれるはず」。だから、「元気なうちはできるだけ夫婦や一人で旅行やスポーツ観戦を楽しみ」、「動けなくなったら家族に迷惑をかけないように施設に入る」と決めています。

80歳で株を止める、そのあとは息子に託したい

ただ気になるのは、病気の備え。「医療保険を掛けて万一の時には備えている」とのことですが、気になるのはその時の資産継承です。その意味で「息子さんには株の勉強をしろと伝えている」とのことです。自分自身は「80歳になったらもう株はやめようかな」と考えているようですから、それよりも前に病気にでもなったら、息子さんに資産を繋いでもらう必要があり、その素地を持ってほしいということなのでしょう。

6年前に亡くなられたお父様は、70代でパーキンソン病に罹患され、それでも5年くらいは元気に過ごされていたそうです。80歳に区切りをつけていらっしゃるのは、それが頭にあるからかもしれません。

母親を参考に、自身を考える

84歳になるお母様は幸い認知症ではないものの、足腰が悪く、現在、高齢者専用の施設に住み替えていらっしゃいます。親族と同席であれば外出もできるという程度ですが、そこでの生活費はそれなりにかかるもので、すべてお母さまの資金でカバーできていることは助かっているはずです。

自身の将来を考えるとき、認知症を発症した事態を考えないわけにはいきません。Sさん自身はできるだけ長く自宅で過ごしたいと思っていますが、歩行が困難になった場合や認知症を発症した場合には、お母さまと同じように高齢者施設に入りたいと考えています。そのための費用は残しておきたいと思うものの、それがいくらくらい必要なのか「正直なところ把握できていない」と気持ちを吐露されています。

インタビューを終えて

Sさんのように、60代になったばかりで奥様も50代半ばというご家族の場合には、退職したとはいえ、まだまだ活動的で、資産の取り崩しに関して積極的に考えるのは難しいかもしれません。

ただ、退職後収入は、その大きな部分をトレーディング収益に依存していますから、いくら堅実に行っているとは言え、変動は大きくならざるを得ません。その点で、トレーディングから年金にその収入の柱を移すことは重要なポイントになります。

そのため65歳で年金を受給したいと考えているのもわかります。その一方で、個人年金の受け取りが終わる70歳も区切りになります。65歳だと奥様はまだ60歳になっていらっしゃいませんから、もう少し年金受給開始時期を繰り下げて、65-70歳のどこかの段階を見極めるのも大切ではないでしょうか。年金の受給開始は、受給開始申請をすることで決まるので、あまり「いつから始める」と気負わずに行くのもいいかもしれません。

また終の棲家をどうするのかという点に関しては、お母さまの現状がある程度サンプルになるはずです。その際に、併せて奥様の終の棲家にも考えを広げておく必要もあります。ご自宅を奥様に残すことは大切ですが、その先の対応も考えておくことです。