私の心情(324)―退職後の2拠点生活を考える
まだ移住には踏み切れない
デキュムレーションを考えるときに大切なことのひとつは、生活費です。退職後の生活に向けて、どうやって生活費を抑えたらいいのかを考えることは多くの人が念頭に置くことです。ただ、アンケート調査からその具体策をみると、食費の節約をトップに挙げていますので、退職後がちょっと侘しい生活になりかねません。それよりも包括的、総合的に生活のダウンサイジングができるのが、地方都市への移住だと私は考えています。
もちろん簡単ではないこともわかっています。「野尻さんは好きだといっている“松山”に移住しないのですか」とよく聞かれますが、私はまだ東京に拠点をおかなければならない事情もあり、今のところ具体的な検討さえしていない状況です。
仕事の環境を変えることのメリットは大きい
ただ、オンライン会議も使えるようになりましたし、執筆生活には東京よりも専念できる拠点があっても良いと思うようになりました。昨年、学会誌向けの研究レポートをまとめるために、伊東のホテルに缶詰合宿したのですが、それの効率がなかなか良かったことを学びました。
それに同じ60代の方々に資産の取り崩しインタビューをする中で、2拠点生活の多様性を知らされました。移住にはまだ一歩踏み出せなくても、今の拠点以外に生活や仕事ができる環境を作ること、すなわち2拠点生活を試してみることは、その準備としても有意義な気がします。
そこで、岐阜の実家をもうひとつの仕事の拠点として、そのための準備をしてみようかと思っているところです。
課題は東京との往来の利便性
何から始めるのが良いかわかりませんが、差し当たりWi-Fiは必須です。食事は、母がまだ元気ですから、贅沢言わなければ問題ありません。生ものは少ないものの近くにスーパーはありますし、コンビニもありますから、最低限の必要物資はなんとかなります。
東京との行き来も、最短時間のルートでは3時間程度です。問題は、限られた本数しかないことです。それでも利用しやすい点もあり、皆さんも2拠点生活をちょっと検討してみてはいかがでしょう。
その参考になると思い、昨年の資産の取り崩しインタビューの中から、私が触発された2拠点生活の実際をまとめてみます。
Eさん:終の棲家への移行を想定した3拠点生活
自宅の他に伊豆と信州に別荘があり、シーズンごとに行き来するような2拠点生活を送っています。夫婦ともにテニスを趣味にしており、どちらの別荘でも夫婦でテニスをしているとのこと。実は、自宅の方は、親の世代50年前に作られた借地権付きの住宅で「現状の資産価値はほとんどない」とのこと。
サ高住に移る
1年ほど前に偶然見つけたサービス付き高齢者住宅(サ高住)の広告にちょっと興味を引く物件があり、一気に「将来はサ高住に移る」という方向に変わります。Eさんのお父様もサ高住で最後の生活を送っていましたから、心理的なハードルは低かったようです。そこからたくさんの物件を確認したそうです。ただどの物件も「60代から使おうとすると一時金が1億円を超えるものがほとんどで、なかなか手を出せなかった」とのことです。
やっと見つけたのが伊豆にあるサ高住です。既に一時金(4000万円台)を払い込んでいますが、すぐに移り住むのではなく、まずは5年間「リゾート利用」として別荘のように使うことから始めます。その間、妻はゲストとして宿泊・利用できる制度になっており、当面はリゾートマンションのような使い勝手になります。現在保有している伊豆の別荘は売却し、自宅と信州の別荘と、伊豆のサ高住の3拠点で生活です。
最後は終の棲家に
その後、時期を見てサ高住に常駐するようになれば、サ高住と信州の別荘、そしていずれはサ高住だけの生活に変化していく計画です。さらにこのサ高住は介護が必要になれば、専用棟で介護も受けられるようになっているので、ここが終の棲家にする決意です。
Lさん:山梨の別荘と楽しみのための2拠点生活
Eさんは、都内のマンションと山梨にある別荘との2拠点生活を楽しんでいます。ただ、Eさんとは違って、山梨の別荘はあくまで趣味のための拠点で、将来、今住んでいるマンションの生活に落ち着くことを想定しています。いわゆるダウンサイジングの移住の準備というわけでも、また終の棲家へのシフトでもなさそうです。
ただ、これも大切な2拠点生活のあり方だと思います。山梨の別荘は趣味と割り切って、これにかかる支出は「楽しみのためのお金」で、それを楽しめなくなったらすっぱりとあきらめるという考え方なのでしょう。
別荘は人生最後半の資金源に
そもそも登山が大好きなこともあってLさんは、八ヶ岳あたりに以前から別荘を探していて、何度も足を運ぶ中で、偶然、「居抜きで、即金800万円で売る」という物件が出てきて即決。メンテナンスは大変ながら、格安で購入できたこともあって気に入っています。玄関側は妻がお花を中心に手入れをし、裏側はLさんの趣味で菜園にしています。2週間に1回くらいのペースで通っていて、ちょうどいい感じの2拠点生活のようです。
この別荘は登山という趣味の拠点になっていますが、山を登れなくなれば売るべきだと決めており、その際に売却額が入るだけでなく、メンテナンスのコストも削減できるので、ある意味大きな収支改善のポイントになるはずです。近隣で4000万円くらいの売値がついているとのことで、70代後半とか80代になったら売却対象にすると割り切っていますから、人生の最後半の資金源と位置付けています。
Rさん:振り返ってみれば2拠点生活だった
広島の独身Rさんは、看護師を39年間勤め上げ、60歳で定年を迎えました。看護師として中国地方の各都市で勤務してきたこともあって、かなりの転勤族といえます。25年前に「チラシを何度も受け取ったことを何かの縁」と感じ、広島に新築のマンションを購入。しかし、勤務している間の15年間は、週末や休みだけに帰る場所として使っていました。Rさんは独身のため、マンションは55㎡と小ぶりですが、立地のいいところにあり、今は買値の2700万円を上回る価格になっているようです。
普通なら、転勤のために住むことができなければ、買ったマンションは賃貸に出すものだろうと思います。しかしRさんはそうせずに、時々、帰ってくる生活の一部にしていたとのことで、よく考えるとこれも新しいタイプの2拠点生活だったといってもいいと思います。定年になった60歳から、その広島のマンションで生活していますから、退職後の生活拠点を早めに手当てして、15年かけて移住を実現したと考えれば、納得がいきます。
定年後の新しいネットワークの作り方
通常、定年後に移住をすると新しい拠点に慣れるだろうか、特に人のネットワークの中に入れるだろうかという懸念を持つものです。しかし、Rさんの場合にはほとんどそのハードルはなかったようです。そもそもRさんは転勤を続けてきたことから新しい環境を受け入れる素地があったことに加えて、2拠点生活で毎週のように訪れていたことも背景にありそうです。
今の楽しみは何かを伺ったところ、ちょっとしたネットワークで楽しい会話をすることのようです。定年になって川柳クラブに入り、膝の具合が悪くなって通っているリハビリもなんだかクラブのように楽しそうです。また70歳以上でもアルバイトができる派遣会社に登録して、好きな時に好きなアルバイトを選んでやっています。学会の会場のお手伝いとか、選挙の出口調査とか、言われてみると確かに私の周りでも高齢者の方が担当されていることがあります。
気楽に2拠点生活にチャレンジ
2拠点生活といってもいろいろなタイプがあります。時間をかけて2拠点生活から移住に進むこともあれば、まったくそうならないもののあると思います。あまり直截的に終の棲家への移行の前段階として2拠点生活をみる必要はありません。生活コストや生活スタイルを変えることが、自身の生活にどんな影響を与えるのか、ちょっと試してみるだけでもいいのではないでしょうか。

