私の心情(285)―取り崩しインタビュー2:独特な形の生前贈与か
仙台在住のKさん64歳は、33歳になる息子さんと同居しています。大学卒業後、公務員として仕事をはじめ、7年経って結婚。2年後に息子さんが生まれましたが、3歳の時に離婚、その後は父子家庭で30年間過ごしています。
「退職してから貯蓄が毎年100万円も減り続けているのに愕然として、家計簿や金融資産をしっかり記述するようになりました」との言葉は、なかなかに重たいインタビューのスタートです。
退職してやっと自分の時間を持てた
20年以上前、自律神経失調症を発症してしまい、3年ほど休職をしました。復職することはできましたが、それ以降、薬が必要な生活を送っています。
退職は、4年前の60歳の時で、その後の再任用などは希望しないで、すっぱりと仕事人生からリタイヤをしました。かなり潔いというか、今どきの発想では無謀ともとられる決断ですが、「もう30年近く、子育てと仕事を両立させてきたので、せっかくなら退職して自分の時間が欲しいと心から思った」というKさんの思いは、他人には推し測れないものでしょう。
「親をみていれば息子が結婚しないのも否定できないよね」と、自虐的に話されますが、その親子は5年前に2人で中古の戸建てをローンで購入し、今一緒に住んでいます。「毎朝、車に自転車を積んで息子を仕事場まで送り届けています。その帰りに買い物をして、食事を作り、午後はごろごろと自由な時間を過ごしています」という日課は、旅行に行くでもなし何か趣味に没頭するでもなく一見退屈そうにも感じるのですが、Kさん自身はほんとうにうれしそうに話してくれます。
退職金だけが自身の貯蓄に
5年前、59歳の時に購入した中古の戸建ては2400万円で、その頭金1100万円はそれまでKさんが貯めてきた貯蓄をすべて使って負担し、残りの1300万円は息子さんが住宅ローンを設定して負担しています。そのため住宅ローンの返済、月々3.5万円はすべて建設コンサルタントとして働いている息子さんの負担です。
貯蓄をすべて使ってしまったのですが、1年後にKさんは定年を迎え、2100万円の退職金を受け取ります。現役時代の後半の給与は手取りで30万円くらいあり、ボーナスもあったので、資産なしの生活も1年間だけなら何とか乗り切れるという判断だったのでしょう。それに万一の時は、息子さんもいらっしゃるし。
退職金の2割までは投資してみよう
退職後の生活の原資は2100万円の退職金のみですが、まとまった資金が入ったという感覚もあり、「退職金の2割くらいなら投資に回して多少損が出てもいいかな」と思ったそうです。現役時代、ちょうど15年ほど前に金利水準の高さに惹かれて豪ドル債に200万円ほど投資した経験があったそうですが、購入してすぐに急落して、価格は半分になってしまう憂き目に。元の水準に戻るまでに10年もかかってしまったことから、「株と比較して変動のスパンが長すぎるから自分には向かない」と判断して撤退したとのこと。
そうした経緯もあって株式投資の方が良いと考え、また株に詳しい友人の勧めもあって退職金では日本たばこ産業の株に231万円を投資しました。その後、「絶対つぶれないだろう」と思って日本郵政株、株主優待に期待してヤマダホールディングス株をそれぞれ購入しています。
- 日本たばこ産業:購入価格231万円、時価9万円
- 日本郵政株:購入価額2万円、時価79.3万円
- ヤマダホールディングス株:購入価格7万円、時価43.8万円
退職金のなかから総額313万円ほど株式投資に振り向けたわけですが、直近のトランプショックでも日本たばこ産業株は380万円くらいまで下落しただけで、仮にさらに350万円あたりまで下落したとしても、投資額を大きく上回っていることから、「いまのところ安心」しています。それに「配当金が年間15万円ほどあることもこの株の魅力」となっています。ただ、残りの2銘柄は配当金がそれほど多くないこともあり、儲かってはいるもののこの先保有し続けるつもりはないようです。「代替銘柄が見つかれば乗り換えるつもり」としています。
定期預金の金利上昇に期待
ところで、最近気になっているのが金利の上昇です。現在保有している定期預金の金利が0.4-0.45%、普通預金は0.2‐0.28%ですが、「定期預金の金利が0.4%になったと聞いて喜んで預け替えをしたのに、最近一部金融機関では1.0%と聞いて気になっています」と、定期預金を途中解約して預け替えるかどうか悩んでいるとのことでした。
年間100万円弱の生活費不足を取り崩しでカバー
さて、現状の家計収支状況ですが、冒頭に引用したように「60歳で完全退職してみて、1年で100万円ほど資産が目減りするのに驚愕した」ことで細かく付け始めで分かったことが多くあります。
その家計簿から現状を伺うと、
収入は合計で月額22.5万円。その内訳は
公的年金が月額15万円、
個人年金の受取額が月額4万円、
息子さんからの食費負担分が3.5万円。
一方で支出は月額16.8万円で、その内訳は
外食なども含めて食費が10.2万円
タバコ、ガソリン代などで2.6万円
光熱費・通信費で3万円など
これに固定資産税などの支出を月額換算すると9.6万円。その内訳で大きい項目は
国民健康保険が月額1.5万円
死亡・医療・介護の生命保険の保険料が2.7万円
70歳以降に受け取る個人年金の支払い保険料が4万円
さらに自動車の維持管理や家の修繕などの臨時の支出を月額換算すると5万円程度かかっていますから、年額に換算してまとめると、「退職後の生活費376.8万円=勤労収入0円+年金収入228万円(個人年金含む)+子どもからの仕送り42万円+資産収入106.8万円」となります。
確かに保有資産からの取り崩しとなる資産収入は100万円になっています。ただ、ここに挙げた以外に20万円程度の配当収入がありますが、これはKさんのなかでは遊興費という別枠の位置づけのため、ここには含めていないとのこと。
なお、退職してすでに4年が経過していることもあって取り崩しは少し進んでおり、預金が500万円ほど減少しています。株価の値上がりで有価証券の時価は230万円ほど増えている(投資額313万円が時価543万円)ものの、金融資産総額では1850万円で、退職金総額から250万円ほど減少していることになります。
来年からは取崩額が年50万円に
収支をよく見ると気になるのが個人年金の受取と保険料の支払いです。実は、両者ともに4万円となっています。60歳から受け取る10年有期の個人年金が月額4万円あり、その一方で、70歳から受け取る10年有期の個人年金保険の保険料を65歳まで支払っているのです。なんだか、自転車操業のような個人年金保険の受け取りと支払いですが、あと数か月、2026年2月には後者の保険料の払い込みが終わる計画です。
Kさんの収支計画では、来年になれば個人年金の保険料支払いが無くなることから、資産の取り崩し額は50万円程度に減る見込みです。この水準は、次の10年有期の個人年金の受け取りが終わる80歳まで持続すると考えています。80歳以降は、再び取崩額は年間100万円程度に増えることになります。
公的年金の繰り上げ受給
収支のなかでもうひとつ気づくことは、公的年金の受給です。実は60歳になったときに年金を繰り上げて受給することに決めたそうです。「長く勤めてきてやっと自分の時間が持てるようになった。ここから働きたいと思わなかった」ということで、受給額減額は承知で受け取りを開始しています。
ちなみに65歳から受給をしていれば年金額は19万円くらいになっているはずですから、月額4万円の減額です。今思えば、もったいない話です。
90歳までの取り崩し計画
この計画をもとにKさんご自身が計算した「資産が枯渇する年齢」は90歳でした。またこの取り崩しでは預金から優先させていく計画で、株式は配当を生み出す原資でもあるという認識から部分売却といった方向は想定していません。もちろん預金が無くなる頃には現金化は避けられませんが、優先順位としては預金からの引き出しに重きを置いているようです。
本人曰く「取り崩しになんのルールも設けていません」とのこと。実質的に現役時代の生活は給与をそのまま生活費として費消する形だったので、それほど資産を積み上げることができず、何とか子どもと力を合わせて住宅を取得したくらいとの認識です。そのため、家賃負担はないものの、結局、「支出を賄えない分が自動的に取り崩しで充当されているに過ぎない」と理解されています。
息子の負担金を引き上げるべきか
90歳を過ぎて生活費が必要になったときの対策としてKさんが考えているのは、「息子さんの負担金を増やすこと」でした。現在月額3.5万円、年額約40万円ですが、これを年間10万円引き上げて、年額50万円に増やします。その後、本人の年齢を考慮して、5年ごとに年額を5万円ずつ引き上げるというものです。「Kさんが80代後半には年額70万円を息子さんが負担すること」を想定したキャッシュフロー表を作成していました。
これによると、Kさんが90歳の時点でも資産は500万円ほど残ることになります。見方を変えると、当初の計画であれば、その資金が息子さんの資産として残るということですから、当初案は時間をかけて資産を息子さんに残す方法とみることもできます。
インタビューを終えて
インタビューを終えるころふと頭をよぎったのは、Kさんのパターンは「独特な形の生前贈与なのかもしれない」という思いでした。32歳になる息子さんは、現在、毎月の生活費として3.5万円のみ分担しています。しかし、現在住んでいる戸建ては息子さんが8割の所有権を持ち、Kさんは2割にとどまっています。頭金はKさんのお金ですが、1300万円の住宅ローンは全額息子さんが負担をしていますので、ほぼこの住宅は息子さんの所有です。目線を変えれば、息子さんの自宅の購入資金の一部をKさんが負担し、そこに同居させてもらっていると穿った見方もできます。
キャッシュフロー表を計算された結果を伺いましたが、息子さんの負担金を増やす場合と増やさない場合の差額500万円は生活費をKさんが主に負担することによる生前贈与とみることもできます。
「万一、相続が発生してもそれほど心配する資産額ではない」とKさんはおっしゃいますが、今の生活の必要資金をKさん中心に負担することで、「自分のお金を残すよりもその分、息子が資産を持っている方が安心です」という言葉とともに、どこか納得できるものでした。ちなみに、32歳の息子さんの今の資産は1000万円以上になっているとのこと。息子さん自身の貯蓄努力に加えて、生活負担金を増やさないことの効果も、息子さんの将来に向けての資産形成を無意識に支えているのかもしれません。