私の心情(319)―定年後の働き方、気楽に構えてはどうだろう

定年を過ぎてからの働き方に定番はありません。私の場合は、定年後に会社を設立しましたが、設立1か月前まで個人事業主でやるか悩んでいました。設立後2年間は、前職の再雇用との兼業時期もありました。自分の経験を振り返っても、「これがお勧めです」と言えるものはありません。

そこで今回のブログでは、昨年実施した取り崩しインタビューのなかから、「働く」という切り口で60代の働き方スタイルを紹介します。そのなかで何か参考になるものがあれば幸いです。

2/3の企業が再雇用制度で65歳までの雇用機会を提供

まずは再雇用で働いている60代です。

2024年6月時点の集計となる「高年齢者雇用状況等報告」(2024年12月)によると、回答した企業約23.7万社のうち、99.9%が65歳までの雇用確保に何らかの措置を講じており、そのうち定年制を廃止しているのは3.9%、定年を65歳に引き上げているのが28.7%、再雇用制度で対応しているのが、67.4%です。企業としては、「60歳定年で再雇用制度を提供しているのが3分の2」ということですから、かなり多くの60代が働き方として再雇用を選択しているでしょう。

再雇用を選択した人たちはどんな心持ちでその判断を下したのでしょうか。インタビューのなかから、都内在住のCさんの声を紹介します。再雇用というと、「収入が減っても仕方なく続ける」、「本意ではないが働かざるを得ない」といったイメージを持つ人も多いかもしれません。Cさんの声はその代表例といえます。なお、年齢などはインタビューをした2025年時点です。

子どもの教育費がまだかかる、Cさん

Cさんは61歳で、新卒以来勤めてきた会社で、昨年定年となり、現在、再雇用中です。年収は、現役の最後の頃1200万円くらいあったのですが、今はその半分以下です。

それでも再雇用を決めた理由は、少しでも勤労収入を得て、子どもの教育費を賄う必要があったからです。

「遅くにできた子どもなので、まだまだ教育費負担が重い」

とおっしゃる通り、お子様は大学2年生と高校3年生ですから、教育費の負担はまだ5年くらいは続くことになります。2人とも私立に通っていて、大学生は年間250万円くらい、高校生は230万円くらいで、単純に2人分合計の教育費負担は480万円になります。来年は、大学受験費用も見込まれるため、年間650万円くらいに跳ね上がります。卒業すれば、順次負担は減りますが、それでもこれから5年間で合計2000万円近くの教育費が想定されます。

Cさんとしては、年収が大きく減っても継続して働けるという環境は前向きに評価できたのだと思います。

再雇用はひとつの選択肢、Nさん、Sさん

インタビューをした19人のうち、再雇用で働いた人は他にも関西在住のNさん(男性、66歳)、Sさん(男性、61歳)がいましたが、65歳まで再雇用で働くのではなく、意外とあっさりその立場を捨てて、次のステップに移っています。

Nさんの場合は、収入確保のためというよりも持っているスキルを活用し続けたいという思いが背景にあって再雇用を選んでいました。再雇用契約がNさんを縛っていたわけではありません。

もともと外資系エレクトロニクス企業で20年ぐらい表示素子の仕事をしたのち、その活用範囲が広がるにつれて国内系家電メーカーへと転職しました。外資系でしかも海外勤務経験もあることから、英語で業務をこなせる力もあります。

そのため60歳の定年後も再雇用契約で働き続けることが可能でした。ただ、厳しい業界環境を背景に、なんと1年で再雇用契約が終了となってしまいます。そこで自身のスキルを活かして派遣登録をして次の仕事を見つけていきます。

Sさんも60歳で定年となり現在は再雇用の嘱託社員として建設業で働いています。ただもともと95年の阪神淡路大震災など建設業が忙しくなった時に、それまでの社員契約から歩合制社員に変わっていましたから、再雇用の嘱託社員となってもそれほど大きな変化はないのが実情です。

66歳で夜勤含む25時間勤務、Nさん

再雇用ではなく、違う会社で働く、独立するなど、仕事の内容や形は変えながらも、現役として活動を続けている人たちもいます。

まずは先ほどご紹介したNさんの再雇用後の働き方です。滋賀県在住の66歳になるNさんは、60歳の定年後、現在の仕事は再雇用も含めて3つ目です。再雇用契約が切れた後は、技術系人材派遣会社に登録して4年ほど、ベトナムでの勤務、広島や姫路での勤務など単身赴任生活を続けました。

この派遣会社は月給制のため、ここで働く場合、業務が無いときにも安定した収入が得られることが良いのですが、その分、給与からの天引き手数料は高く設定されています。Nさんはほとんどアイドリング期間がなかったことから、天引きされる手数料の高さが気になっていました。

そこで正式なフルタイム契約の職場を探し、半年ほど前に今の会社に転職しました。もちろん定年後に単身赴任の生活をこれ以上したくないと思ったことも、今の会社に移った理由のひとつです。

今、Nさんは月に10回、朝9時半から翌日の朝10時半までの25時間勤務に就いています。途中6時間ほどの仮眠と食事時間があるものの、研究施設のセキュリティの仕事としての夜勤なので、なかなか自分の時間をコントロールすることができません。

「それほど体力的に重い負担の仕事ではないし、休日も多くてそれを有効に使えます」

と、Nさんはおっしゃいますが、私には夜勤を含む25時間勤務はとてもできないと思います。ちなみに、現在の給与は月額30万円ほどです。

もう転勤はいやだと独立、Hさん

次は、現役時代のスキルを活かして独立したHさんです。Hさんは都内に住む65歳。現役時代、貿易関係の会社に勤め、韓国や中国などでの海外赴任が7年にも及び単身赴任も多かったHさんは、60歳の定年時に再雇用要請を受けたのですが、転勤を伴う内容が提示されたため、

「それは受ける気持ちにならなかった」

と、そこですっぱりと退職の道を選びました。

ただ、大手企業で35年間務めるなかで、中小企業診断士の講座や大学のMBAコースなどを受講して知識をつけ、上場している子会社の経営を担うこともあったことから、定年退職後は、個人で中小企業のコンサルタントとして活動するようになります。

独立してから5年が経過するなかで、複数の企業で非常勤取締役や顧問といった形でアドバイスを行い、現在の年収は600万円程度になっています。

自称「水稲農家」、Qさん

もっとユニークなのが四国にお住いのQさん、67歳です。IT系の企業に勤めて40年以上、札幌、東京から福岡まで多くの都市で勤務をしてきましたが、現在の職業は、自称「水稲農家です」。

病に倒れた母親の水田が50aほどあって、これを引き継いだとのこと。年間で1500㎏くらいの収穫量にしかならず、ざっくり計算しても40‐50万円の収入にしかなりません。農機具や掛ける手間を考えると、「とても儲かる仕事ではない」のですが、昨今のコメ価格の急騰で、「兄弟や子どもたちからは喜ばれている」ことが励みになっているようです。

もちろん収入面からみると「これは趣味の一環です」と自嘲的に話すのも分かります。生活費は、農業以外のソーラーパネルによる売電、公的年金、私的年金等でカバーできるようにしています。

仕事を続ける距離感

最初に紹介した再雇用で働くスタイルは、会社にしがみつくというものではなく、ちょっと距離感を持った選択肢のひとつであって欲しいと感じています。まだまだ生活費が必要だからという理由はよく理解できます。ただ、現役時代よりも大幅に収入が減ることを考えると、「生活費のために」というだけでは続けられないように思います。

あまり気負わずに、自身のスキルを活かすとか、ちょっとした思いを大切にするとかといった形で、仕事を選んでみてはどうでしょうか。ここで紹介した人たちに共通しているのは、仕事のありようではなく、働くことが自分の人生観を映しているように思えることです。