私の心情(320)―デキュ研:認知症対応、金融機関の現場から
デキュムレーション研究会では、一昨年、昨年と、認知症が発症した際の代理権を認める「予約型代理人サービス」と「家族サポート証券口座」を議論しました。第25回の研究会では、この2つを実際に導入している石川県の今村証券株式会社から、オンラインで今村社長のほか、内部管理部長小原氏、営業推進部課長補佐村井氏にはオフィスまでお越しいただき、営業現場の声を中心に伺い、議論しました。なお、当該レポートは認知症とデキュムレーションをテーマに議論したもので、当該証券会社、同社サービスを推奨するものではないことにご留意ください。
取引制限、デキュムレーションのジレンマ
超高齢社会で顕在化する「認知・判断能力の低下」と、それに伴う有価証券口座の凍結・取引停止という現実をどう乗り越えるかは、資産のデキュムレーションを議論する研究会にとっては大きな実務課題のひとつです。
今村証券は、予約型代理人サービスを2024年度から導入し、また昨年7月には家族サポート証券口座も導入しています。その導入の経緯と実務の現場の声を伺いました。
高齢顧客比率の上昇が営業現場を圧迫
多くの証券会社と同様に、今村証券でも顧客の約7割が高齢層に達しており、認知・判断能力の低下に備えた対応が日常業務の中心課題になっています。特に問題となるのが、顧客が商品内容やリスクを理解できているかの確認です。
「状況把握面談」と取引制限の実務
80歳以上で投信・債券など(株式を除く)を保有する顧客を中心に、年1回、支店長または内部管理責任者が状況把握面談を行い、健康状態・会話の整合性・保有商品の理解度などを確認します。
営業担当者は、付き合いが長くなればなるほど徐々に進む顧客の変化を見逃してしまう恐れもあり、それが将来の大きな問題につながる可能性があります。
面談で「買った覚えがない」「記憶にない」「よく分からない」といった発言が増えると、取引に制限をかけざるを得なくなります。しかし、制限は資産を担保することで顧客の利益に資する一方で、有価証券を売却して本人の生活費・介護費用などをカバーしようとする資金ニーズに応じられない場合も出てきます。
家族からの要望に“答えがない”状態
現場では、
- 施設入居費用のために親の株を売却して充当したい
- 親の判断力が落ちたので、子どもである私が代わりに管理・運用したい
といった相談を受けることがよくあります。しかし、現場では、これまでは「これを断るしかない」のが実情でした。
こうした際の代替策として、成年後見制度を案内することも多いのですが、手続きの負担が大きくて、実際に制度を利用する人はほとんどいませんでした。結果として、相続まで口座が凍結状態になり、本人の資産なのに本人のために使えないという不合理が繰り返されてきたわけです。実際、全国でも、成年後見制度の利用は推定認知症患者の5%程度に留まっています。
導入の契機:先行事例と外部知見の活用
こうした状況のなか、三菱UFJ銀行などが扱う予約型代理人サービスのスキームを知り、これが課題解決の現実的選択肢のひとつだと判断しました。日本金融ジェロントロジー協会の報告書や先行導入金融機関の状況を確認し、さらに京都の意思決定サポートセンター等の知見も参照しながら整備を進めました。今村証券で予約型代理人サービスを導入したのは2024年4月です。
加えて、日本証券業協会のワーキンググループで検討が進んでいた家族サポート証券口座についても、正式発表された2025年2月以降、いち早く情報を得て導入を決定しました。こちらは2025年7月のスタートです。
2つの仕組みの全体像:できること・できないこと
① 予約型代理人サービス(発動条件が明確)
- 可能な範囲:本人資産の売却・解約、出金・送金(原則本人の振込先へ)、振込先金融機関変更以外の事務手続き
- 代理人の条件:申請時点での推定相続人であること、成人であること、成年被後見人でないこと、当社で口座開設済みであること
- 申請時受け入れ書類:予約型代理人サービス申請書
- 発動のトリガー:認知判断能力低下を示す診断書を受け入れた段階で代理開始
- 受け入れ書類:予約型代理人サービス取引開始依頼書兼同意書、代理人の本人確認書類、顧客本人と代理人の関係を確認できる書類
- 特徴:本人の能力低下を「客観条件」で確認してから代理人に移るため、制度としての線引きが比較的明確
② 家族サポート証券口座(運用も可能だが設計が厳格)
- 可能な範囲:売却・解約・出金に加え、一定の範囲で運用(入替・償還対応等)が可能。振込先金融機関変更以外の事務手続き
- 代理人の条件:申請時点で直系卑属であること、成人であること、成年被後見人でないこと、当社で口座開設済みであること
- 発動のトリガー:代理人が「家族サポート証券口座代理取引開始届け」提出して開始
- 受け入れ書類:「家族サポート証券口座利用申込書兼家族代理人届け」、公正証書の写し、顧客本人と代理人の関係を確認できる書類
- 運用上の制限:投機的売買を想定せず、ポートフォリオ入替や満期・償還対応等に限定。今村証券では、さらに為替リスクを避けることを趣旨に、海外株や外貨建て投信等は売却のみとする。
導入実績と得られた効果
➀予約型代理人:申込が急増
導入直後は社員の理解も深まらなかったものの、広告などの効果や他社にないサービスという先行メリットもあり、徐々に認知され始めています。最近は申込みが増え、昨年末時点で123件に達しました。特に、年1回の状況把握面談の場を活用し、問題が顕在化する前の顧客に「早めに備える」提案ができた点が、急速に広がり始めたきっかけです。
顧客にとってのメリット
- 本人:認知症発症後の資産管理不安が軽減し「安心」が得られる
- 家族:介護費用などの資金を、本人同意の枠組みのなかで用意できる見通しが立つ
会社にとってのメリット
- 他社資産の移管ニーズが生まれ、預かり増につながる
- 代理人側の口座開設を通じて若い世代との接点ができる(中長期の関係構築)
②家族サポート証券口座:導入はしたが、契約はまだ少数
代理人が取引を開始した後に本人からの注文をブロックするシステムの開発なども必要で、導入は2025年7月となりました。そのため実質的な周知期間はまだ数か月とスタートしたばかりです。さらに周知・公証人役場との調整にも時間がかかり、現時点での成約は1件にとどまっています。また営業の現場で成績につながらないこともあって営業マンの力も入りにくいのも実情です。予約型代理人サービスに比べて、制限はあるものの運用ができるというメリットがある制度なので、その意義は大きい。だた、実務のハードルがまだ残っていることも事実です。
明確になった課題:制度の良さより「運用の難しさ」が先に立つ
課題1:営業担当者の理解・説明が追いつかない
通常の商品を説明する営業の現場では、予約型代理人サービスした直後は、新制度の説明を“しっかり”できていない点が多かったところです。その後、その認識が社内で統一され、Q&Aやフロー図を用いた社内周知の強化が必要という整理につながってきました。
課題2:公証人役場の温度差と「任意後見」との比較
家族サポート証券口座の場合、予約型代理人サービスと違って、公証人の関与が不可欠です。ただ、公証人の世界でもまだ認識が広がっておらず、制度を警戒したり、任意後見制度との違いを問い直したりする場面があります。日本証券業協会は、公証人向けリーフレットの改訂などで後押ししていますが、まだまだ現場でのスムーズな進行というには難しい状況です。
課題3:当事者(家族)が切り出しにくい
「認知症に備える話」は非常に重要な点ではあるものの、親を傷つけるのではないかとの不安があり、子どもからは言い出しにくいものです。そのため、外部(証券会社等)からの自然な声かけが前進の鍵になり得るという見方もできます。
課題4:実務制約(時間調整・土日非営業)
平日に休みがとりにくい現役世代の代理人が、本人とそろって証券会社や公証人役場へ行く必要があるというのは、実務的に大きな制約になっています。
Q&Aと議論
ここからは研究会メンバーからの質問や、メンバー間の議論を紹介します。
株式が面談対象にならないのはなぜか
状況把握面談では、株式以外の理解が難しい金融商品や投信・債券等に比重が置かれています。株式が対象に含まれていないのは、株式が「分かりやすい商品」と見なされている点にあります。ただ、だから放置しているというよりは、株式は売買モニタリング等で異変を検知するシステムがあり、もともと年1回の面談よりもモニタリングの頻度は高くなっています。
成年後見が開始すると契約はどうなるか
成年後見制度は、財管理目的だけではなく身上監護などもその目的の大きな部分なので、そうした点で利用を開始する場合もあります。成年後見人(保佐等)が付いた段階で、2つの制度ともに契約を解除され、代理権は失われることになります。
代理人の暴走・利益相反をどう抑えるか
制度上、代理人取引に一定の免責を置きつつも、会社としてはモニタリングの仕掛けを作り、急激な売買や不自然な行動を検知できるようにしています。さらに、運用範囲を公正証書で縛ることができるうえ、今村証券では商品制限(為替リスク排除など)を追加数などの対応を取っています。なお、外貨資産を対象にしないことは、引き出して生活費・介護費用などに充当することを考えると円資産に縛ることは合理的との指摘もありました。
家族信託との比較:自由度は高いがコストと口座受入が壁
家族信託は不動産を含め柔軟に設計できる一方、契約設計コストが高く、金融機関側の信託口口座の受入・運用も簡単ではありません。今回の2制度は、どちらも費用を取らずに利用拡大を図ることを狙っている点は大きな違いではないでしょうか。
営業担当者の新しい形
どちらの制度も本人と代理人と、そして営業担当者の3者の関係が重要になります。本人と代理人の関係が良好であること、営業担当者が十分な仲介役ができる知識と経験も必要になります。特に営業担当者は、これまでの運用アドバイスだけではなく、幅広いサービスを提供する必要が出てくるが、これが無料で提供されるサービスであっていいだろうか。
代理人のリテラシーの課題
当初、日本証券業協会は、家族サポート証券口座では、「代理人がその資産を相続することを想定すれば投資ホライズンが長くなり、ハイリスク・ハイリターン商品へリバランスをすることも可能」と指摘していた。しかし、代理人の過剰な売買の可能性や代理人自身の金融リテラシー、さらには営業担当者の過剰な関与の可能性なども懸念されるため、あまりこの点が議論されることはなくなってきました。
ファンドラップの可能性
リバランス可能を前提とすると、家族サポート証券口座における運用手段として、ファンドラップなどを活用する可能性はないだろうか。金融リテラシーが必ずしも高くない代理人、営業担当者の過剰関与などを排除する点では期待がある。しかしそもそも生活・介護費用に充てる資金である以上、本人の意向を超えたリスク拡大につながる懸念、手数料の高さなども指摘された。現時点では慎重な扱いが必要ではないか。
有料サービス化の可能性
私自身は、今回の研究会の議論で、改めて「認知・判断能力の低下など顧客の生活に密着したサービスを提供しようとすると、サービスに対するフィーを取るビジネスモデルが必要になる」との思いを強く持ちました。現状のように運用商品に紐づいて収益を得る形ではなく、代理人支援・面談・管理を含めたサービスとしてフィーを取る方が、望ましい姿ではないかと思います。


