私の心情(282)―改めて毎月分配型投信を考える
このところ毎月分配型投信に関するメディアやSNSでのコメントが多くなっています。そこで改めて毎月分配型投信のメリット・デメリットを資産活用の目線でまとめてみたいと思います。
複利効果を削ぐ分配金の払い出しは資産形成には不向き
分配金の払い出しは複利効果の減衰につながることはだれしも認めるところです。そのため、分配金であれ、一部売却であれ運用資産の一部をキャッシュアウトすることは、資産形成には不向きです。投資元本から資金を出すことそのものが課題の本質ですから、分配の頻度とは関係なく、毎月分配型投信であろうと隔月分配型であろうと、年1回であろうと分配金の払い出しは資産形成に不向きといえます。
この点を理解すれば、「元本の一部を払い出すことになる「タコ足」だから毎月分配型投信は資産形成に向かない」というのは、十分な指摘ではないことが分かります。元本に手を付けていないで収益部分だけから分配金を出していても、資金流出することは資産形成には向かないことになります。
取り崩しは複利に逆行するが資産活用には不可欠
退職世代が運用資産から資金を取り出して生活費に充当することは、間違いなく複利効果を減衰させます。それでも退職後の生活において資産の引き出しは必要なことで、たとえ複利効果が弱まったとしても、生活のために避けて通ることはできません。そもそも退職後の生活のために資産を作り上げてきたものですから、使わなければ意味がありません。退職世代にとっては「複利効果の重要性よりも、生活費に充当することの重要性が上回っている」はずです。
退職世代にとって、資産からの払い出しは自身の指図で運用資産の一部を売却する払い出しでも、分配金による資産の払い出しでも変わりはありません。この点で毎月分配型投信を取り崩しの選択肢として使うことに、私は違和感を持っていません。
ちなみに、ちょっと視点を変えて、資産形成として積み上げてきた預金から資金を引き出して生活費に充当することも、預金を金利の付く金融商品だと考えると元本を払い出していることになります。金利水準が低いので複利効果の効用を考慮するほどのことはありませんが、それでもこれもタコ足と呼ぶものになるはずですが、普通に行われていることです。
毎月分配金の12か月分の効用は年1回の分配金の効用よりも大きい
もちろん分配型投信を手放しで評価するつもりはありません。その背景の一つは、分配頻度を高めることで投資家の行動バイアスを強め、毎月分配型投信に嗜好を向かわせる潜在的な力があると考えているからです。
行動経済学で有名なプロスペクト理論を思い出してください。利得の範囲でみると、利得の効用は金額が増えるほどには増えていかないことが示されます。金額とその効用は上に凸の曲線で表現されていますが、これは分配金の頻度が高いほど合計の効用が、それを1回で受け取るよりも大きくなることを示しています。例えば月額1000円の分配金を受け取る効用を12か月分合計した水準は、1万2000円の分配金を年1回で受け取ることの効用よりも大きくなるということです。
分配金が定額引き出しになっていないか
それ以上に懸念するのは、分配金の設定が下方硬直的で相場環境が厳しい局面でも、分配金の水準をなかなか下げられないという課題です。
効用を満たすために投資家は「分配金は下がって欲しくない」と思いますから、分配金の水準は下方硬直的になりがちです。金融環境が厳しくて運用状況が悪化していても、分配金の水準維持を求めれば(これは販売を維持したい業者側も同様)、結果的に分配金は過度な水準となりかねません。
さらに分配金が下方硬直的であるがゆえに定額引き出しと同様の課題、いわゆる「収益率配列のリスク」を内包することにもなります。「使いながら運用する時代の前半の収益率が期待収益率を下回る場合、想定以上に元本が棄損することになり、その後に収益率が回復して結果として期待収益率に収斂したとしても、運用残高が想定を下回ってしまう」というこのリスクは、資産活用期には大きな懸案といえます。この点に関しては、何度も警鐘を鳴らしてきましたので詳細は他のブログ(例えば、私の心情202:説明が難しい収益率配列のリスク)を参照していただきたいと思います。
分配金を「定率」的に払い出す投信も登場
分配金の水準を基準価格に連動させて決めることで、分配金を過度な水準にならないようにし、また収益率配列のリスクを回避しようとする投信も登場しています。
予想分配金をあらかじめ提示する形の投信で、①目標となる分配金額を基準価額の水準に応じてあらかじめ提示するもの、②分配金を基準価額の一定率、例えば3%とか6%といった水準に設定して、毎回分配金額が変わるもの、などがあります。
これは新しい選択肢のひとつといえますが、それでも完璧ではありません。そもそも取り崩しは個別性の高いものです。個人によって必要な引出額(または率)は異なっていますし、その期間もバラバラです。自分で必要な引出率が4%だとすれば、3%の払い出しや6%の払い出しではどう調整すればいいのか、それはいつからいつまで行えばいいのか、といった課題があってなかなかオーダーメードになりにくいものです。使っていくことで毎年保有資産が減っていくわけですから、年齢に合わせて引出率を引き上げることも大切なアイデアとなります。さらにインフレに伴って引出率を引き上げていく工夫も必要になります。
定期売却できるサービスも活用できる
「証券会社の定期売却サービスを使えば分配金の代替ができるので、分配型投信は必要ない」との指摘もよく聞きます。理論上はその通りですが、実際にはそうした定期売却サービスを提供している金融機関はそれほど多くありません。特に銀行では投信の定期売却のサービスを導入しているところはほとんどなく、また証券会社でも多くありません。さらに定率での引き出しを可能にするサービスを提供しているのは、現状では2社だけです。これでは資産活用期に使いやすい選択肢が整えられているとは言えませんから、取り崩しのシステムがもっと導入され普及することが必要になるでしょう。
資産の取り崩しは組み合わせで対応
高齢層はその生活やニーズが多様化していますので、資産の取り崩しという金融面に限定しても一律の効用を提供する金融商品ではそれを満たすことに限界があります。分配型投信といった金融商品、金融機関ごとの取り崩しのシステム、原則論としての取り崩しの考え方やそれを実践に落とせるアドバイザーの存在など、それぞれをサービスとして組み合わせて提供することが求められると考えます。